泥舟逃避行
今朝も快適な目覚めのはずだった。


 常日頃東風谷早苗は、起床する際に何かの音を必ず耳にしている。それは小鳥の囀りであり木々の葉が風で揺れる音であり、忙しなく歩き回る洩矢諏訪子の足音と声であり、庭で妖精らがきゃいきゃい騒ぎ立てる騒音であり、あるいはそれら全てを混ぜ合わせたような雑多な音の詰め合わせである。ここ幻想郷においては外界よりも遥かに自然の密度が高く、かつ和風作りの家では大した防音が望めないせいであるのだが、それについて早苗はまったく気にしておらず、むしろ始終誰かが側にいてくれるような気がするのでこれを居心地良く感じている。ある意味外界で生活していたころよりも、この自然に満ちた環境の方が生を実感できた。


 しかし今日、それらの音がまるでなかった。


 目覚めても鳥や虫の声はおろか、共に守矢神社で暮らしている二柱の声も聞こえてこないことに目覚めた途端、早苗は気付いた。心地よくまどろんでいた眠気という名の揺り篭から放り出されて、寝巻きから普段着へと着替えると手早く布団を畳んで障子を開けた。からららら、とその音だけはハッキリと聞こえ、むしろその事実が不快感を誘う。二人とも外に出ているのかな、そう思った早苗は洗面所に向かい――洗面の際に発生する手間についてはいつもいつも辟易させられる――顔を洗って歯を磨く。そろそろ外から持ち込んだ歯磨き粉が切れかけているのでどうにか代用品を見つけなければならなかったが、それに対する思考は早苗の脳裏には浮かばずあるのは自身を取り巻く環境の変化に対する戸惑いである。洗面所に備え付けてある時計を見るが、自分が起きる時刻が遅すぎても早すぎてもなさそうだった。八坂神奈子と洩矢諏訪子両名は人間のように眠りを貪るという神らしくない存在だが、二人が起床する時間は早苗が起きる少し前あたりであるからだ。倉庫や鳥居前(敷地内の弾幕ごっこは家屋に被害が出る場合があるので、常に住居部分から離れた場所で行うよう三人で決めている)など二人が向かいそうな場所を考えてみるがピンと来ない。早苗はつっかけを履いて裏口から出ると、直に様子を見に行くことにした。


 春も近いのか、太陽は穏やかに地平線の向こうから光を投げかけ、空気にもじわりとした暖かさが滲み出ている。一月程前までは酷く悩まされた雪もこの近辺ではすっかり溶け出し、残るは妖怪の山頂上付近のみだった。住居から出た早苗は倉庫に鍵がかかっているのを確認し、鳥居前で弾幕ごっこをしている姿がないことを確かめ、その過程で神社の付近には如何なる妖精や妖怪、人間の姿がないことを自身の感覚――おおよそ、第六感的なこれは幻想郷に入ってから急速に発達してきた――によって知った。ここに至って尚、早苗の周辺は全くの無音そのものだった。早苗が出そうと思えば出せる音、例えば足音や戸を開ける際の物音は発生させられる。しかし対象が早苗から離れるとそこからは全くの異世界であるかのように音という音が遮断されてしまう。二人の姿が影も形もないのを見て回った後で、プラスチックのように無機質な風景を見て、早苗は静かに鳥肌が立ち始めるのを感じた。風は吹いている。しかし耳介にはまるで音が入らないから、それを知る手段としては体を紙でなぞられるような肌が粟立つ感覚だけしかない。普段慣れ親しんでいたものが欠落するだけでここまで不安を覚えられるものだということを、この時早苗は身をもって知った。


 もしかしたら、二人が私をからかっているんだろうか。段々と不安が胃の奥でぐるぐる回転しはじめる。ここよりも相当遠くから、紅魔の湖とか博麗神社あたりから私が困っているのを眺めてはニヤニヤしているんじゃないだろうか。もしそうならお二人には後できつく言わないと。だってこんな悪戯、ふざけているには性質が悪すぎるし、真に迫りすぎているし、それに――――


 ――――それに、早苗が知っている人たちは、こんなぞっとするような仕掛けをしない。彼女達は確かに飄々としたところはあるし時たま早苗を試すようなことをするけれど、ここまで込み入ったこと、本気で不安に陥れるようなことをするような人物ではない。やった側もやられた側も嫌な思いをするし、後でしこりが残るからだ。


 じゃあ、誰がこんなことをするの?


 早苗の胃を占めていた不安はやがて花開き、毛細血管を通って全身を侵食しはじめる。じわじわと暗黒色の液体が血管を通じて脳に達し、灰色の脳細胞から灯油にも似た異臭が発せられるようになる。これらの感覚を誤魔化すために早苗は神奈子と諏訪子の名前を呼び始めた。神奈子さまー、諏訪子さまー、返事してください。もうわかりましたから出てきてください、怒ったりしませんから、叱ったりしませんから。もうこんな悪戯止めにしましょう! お願いですから出てきてください!


 直にこの方法はまったく効果を成さないし、それどころか逆効果だということを早苗は知った。震える声を、僅かに背中で滲んだ汗を知覚するようになると不安は急速に固形化して早苗の全身を圧迫し、早苗を内側から潰そうとしてくる。風に煽られる大火のように不安は煽られ煽られ煽られ続けて、だんだん所作にも余裕がなくなってくる。反応はどこからも返って来ないし、あるとすれば鼓動を早めるだけの早苗の心臓である。更に呼びかけは続き、遂には叫びの領域にまで達する。じわじわとメーターが青色の領域から黄色を通り抜け、紅色の領域へと近づき始める。吐き気を思い起こさせるような真っ赤な色が塗りたくられているその地平には《パニック》という文字がナスカの地上絵よろしく馬鹿でかい文字で描かれており、そこに完全に突入してしまうとあらゆる現象が大声で絶叫しはじめて、終いにはどうにもならなくなることを早苗は知っている――というか、たった今そこを管理する箇所から知らされたばかりである。早苗の呼びかけにも似た絶叫がこれ以上続いていればそうなったかもしれないが、早苗の声質がいまだ正常を保っている間に彼女の背後から声がかけられた。反射的に振り向いた早苗はそこにあるものを見て絶句した。


「騒がしいと思ったらどうしたの、私」


 そこにいたのは過去に自分が知っていた服を着た人間だった。知っていたというより、着用していたという方が正しい。なにせ中学時代はいつもそのセーラー服を着て過ごしていたのだ。早苗が諸々の事情で人々から忘れ去られた幻想郷に引っ越した時は高校一年生であったので、その服は早苗が知っている《制服》というカテゴリに最もよく当てはまるものだった。全体的に黒の基調で胸には赤のリボン。中学時代、手が暇なときはいつも胸のそこを弄くっては遊んでいたものだった。友達にもよくそれを指摘され、何回か顔を赤らめる思いがしたことを早苗は覚えている。


 そしてそれを着ていたのは、自分自身が最も良く知っているはずの己自身、東風谷早苗だった。





 呆然としていた早苗はもう一人の自分に促されるまま歩き始めた。自意識が蚊帳の外へ置かれてしまったように足がふらついており、状況をまるで飲み込めなかった。制服姿は時折こちらに振り向く度慈母のような穏やかな笑みを浮かべ、何の心配もいらないと早苗に呼びかけているようでもあった。その笑顔に何かしら皮膚を焼かれる感覚を味わいながら早苗が歩いていると、不意に視界の端を何かが横切ったのが見えた。丁度小虫が目の届く範囲ぎりぎりを飛んでいったとか、台所においてゴキブリが机の影に潜り込むのを見たとか、そういったものと同種のものだ。そして早苗はそうした場合にいつもするように、反射的に目を向けた。


 倉庫の脇。そこを過ぎれば完全に神社の敷地外へと出てしまい、あるのは莫大な密度を誇る妖怪の山中腹を占める森である。森に通じる境界線には何かがあった。それはおそらく人のようにも見えたが、それにしては動きがちぐはぐで、体を動かす度に何かが零れ落ちているように見えた。小さい何か、アクセサリーとか服の一部じゃなくて、もっと生々しいもの。


 どうやって気付けたのか、それはまっすぐ早苗に振り返った。風祝の息が詰まったのはそれが簡単に羽織る程度の上着しか着ておらずにほとんど裸体を曝け出していることや、腹部は切腹でもしたように綺麗な切り傷が引かれて線の隙間からは石とか小石とかボールみたいなものが見えていることや、其処にいる何かの顔が早苗によく似ているというより殆ど瓜二つだったからである。二十メートルはありそうなほど遠くに早苗の顔をした誰かは立っていたが、外界においても山で育って視力がとても良い早苗にはよく見分けることができた。裸同然の少女の顔はところどころ陥没しているし、目玉が落ちたとか消えたとかじゃなくて、破壊されて眼窩から箸で掻き混ぜたように垂れ下がっているし、彼女は手で口を押さえながらも隙間から血みたいなものを吐いていて、その後ろには何人も――


「どうしたの、早苗?」


 母屋へ通じる戸に手を掛けていた制服姿の自分が声をかけて、思わず早苗はにこやかな笑みを崩さない彼女に目線を向けた。それからスクラップ直前の人体標本モドキを指し示して、あれは、と震える声で呟いた。しかし視線を戻すと裸体姿の自分はどこにも見えなかった。それこそ土に飲まれたように忽然と消えてしまっていた。早苗が目を白黒させているとそれを裏づけするかのように制服姿が「何も見えないじゃないの。ほら、早く戻りましょうよ、外にいても気味が悪いだけでしょ?」と早苗の手を握った。その仕草に早苗はぞわりとする触感を覚えたのだが、無碍に振りほどくわけにもいかず、しぶしぶ彼女は拷問調教に遭ったような自分がいた空間にちらと目を向けながらも、これまで生活をしていた我が家へと戻った――とはいえ、そこはもう早苗の家ではないような、重々しい威圧感を早苗に向けて放射していたのだが。


 居間に入り込んだ制服姿は茶の準備をして早苗に着席を促した。早苗は脳裏を虫のように飛び回る疑問を解決するために、茶を一口啜るとすぐに口を開いた。ここはどこなんですか? 失礼ですがあなたはどういった人なんですか? 私はどうしてここに連れてこられたんですか? 以前に河童が備え付けてくれた電気ポット(バッテリーも設置してくれたので、簡易的な用事ならわりかしすぐに済ませられる)から淹れた茶を啜りながら、好意に溢れた笑みを向ける制服姿は、ゆっくりと、控えめに口を開いた。


「そうね……ここは狭間みたいなもの、あなたが元いた幻想郷ではないわ」


「狭間?」


「そう。各種の世界の中に落ち込んでいるクレバスと言った方が正しいかも。よく漫画とかアニメで平行世界とかパラレルワールドとかいうじゃない? あそこの隙間……狭間に存在しているの。元いた世界でのあなたは眠ってる。布団の中だと意識が遊離しやすいから、こういうところに連れてきやすいの。


 いい、世界というのが硝子球にぎっしり詰め込まれたビー玉だということを想像してみて。この球は規模がとてつもなく大きくて人智の及ばないところだって数多く在るわ。でも所詮ビー玉の群れだから、どう詰め込んでも隙間が出来てしまう――そういえば、前にケブラーだかオイラーだったかがこれについて数学の証明を立てていたわね?――ここはそうした空白地帯にある世界のひとつ。私は実際にパラレルワールドの一つからやってきた東風谷早苗なの。ここはおそらく、廃棄されたようなところでしょうね。ほら、音がないし」
 立ち上がった制服姿は早苗の横を通り抜けて(その際早苗は軽く体を引いた)戸を開けると、外に向けてわっと大声を放った。すぐに声は土や草や木々に吸収されて、まったく何の音もしなくなる。これじゃまともな生き物が住める筈ないわね、と口にして制服姿はもとの位置に戻る。


 さきほどの情景とは別に、制服姿の言葉を聞いて早苗の頭の中に浮かびつつあるものがあった。先ほど彼女は隙間と口にしてから狭間と言い換えた――どうしてその必要がある? 早苗の思考の海にはある大妖怪の姿が、胡散臭さを前面に押し出しながら何事にも泰然としている妖怪の姿が思い浮かんでいた。彼女はもしかすれば、何かしらの形で関係しているのか? そうした疑問を訊ねてみると、返ってきたのはにべもない返答だった。


「あの魑魅魍魎はまったくこれに関係していないわ。確かに似たような能力を持ってはいるけれど、私がここでこうしていることにあいつの意思は関与していないの」
 その苦々しく刺々しい口調は制服姿から始めて発せられるものだったし、事実制服姿は早苗の疑問がそれを引き起こしたように、苦虫を百匹も噛み潰した表情をした。その様は甚振られた野犬が見せるような卑屈な表情にも似て、早苗は思わずごめんなさいと頭を下げてしまった。すると制服姿は再び微笑を取り戻し、「いいのよ、それで、あなたをここに呼んだ目的なんだけど」


 それから制服姿は言葉を切って桜色の唇を舌で湿らせてから、おずおずと切り出した。


「あなたがこれまで体験してきたことを教えて欲しいの」


「体験? というと…………えっと、私の過去が知りたいということなんですか?」


「そうなの。……ほら、見て」


 制服姿が自身の服を捲り上げると、テーブル越しに彼女の下腹部が顕になった。そこに目を留めた早苗は皮膚の表面を走る幾多の縫合跡と瘢痕に言葉を失った。腹部全体を縦横無尽に走り回る疵痕は蛇の群れのように皮膚を穢しており、腹部には殴打されたような変色した箇所も見受けられた。眩暈を覚えた早苗は深呼吸してどうにか態勢を立て直すが、その間に制服姿は服を戻していた。よくよく観察してみれば制服は早苗が着ていた頃の物より完全に色が褪せており、何年も使い古しのものだということが分かった――胸元のリボンも綺麗な紅色ではなく、擦れた茶色に変色してしまっている。雑なやり方だが、何箇所も繕われていて服が縮んでしまっているように見えた。


「こうなの、全身ね。何回かリンチを受けたこともあるし、髪を焼かれたこともあるわ。ここまで戻るのに何年もかかった。お腹を斬られたことだってあるし、指は一本切り落とされちゃって、くっつけたから動くには動くんだけど、たまに思い通りにならないことがあるの」
 ほら、と制服姿は動きの鈍い中指を見せるが、早苗の方はショックと衝撃をどうにか処理するのに手一杯でそれどころではなかった。


「なんて……なんて、酷い……なんてこと……」


「そうなの。酷かったの、昔は。――だから、あなたの話を聞きたいと思って。きっと私と比べてあなたは幸せだろうから、その幸せな日々のことを聞きたいと思ったの。それで何がどうなるわけじゃないし、あなたも最初は怖がっていたから、完全に私の自分勝手だけど……だけど、どうしても知りたかったの。私が体験してきた過去だけが自分自身の経験した全てじゃないって、幸せな私自身もどこかにいて、安穏と平和に暮らしているって。私のような人間がいることなんて露にも思わず、ただただ楽しい夢みたいな今を過ごしている私が存在しているって。……現実逃避の一種みたいなことかもしれないけどね、これは」


 早苗は溢れる涙を抑えることができなかった。これまでの疑問や問いかけは記憶の底に埋もれてしまい、今ここにあるのは紛れも無い悲嘆ともう一人の自分に対する同情心だけだった。こんな自分がいるだなんて思いも寄らなかったし、想像すらできなかった。目の前にいる自分自身が体験した壮絶な過去を比べると、日々己が思い悩んでいる物なんて瑣末でちっぽけで砂みたいなものだったのだ。そう考えると早苗は気恥ずかしさと罪悪感が精神を占めるのを感じ始め、きゅっと唇を引き締めて精一杯心の動揺を抑えると、自分に出来る限りのことをするために、自分の過去を話し始めた。





 一時間程度で語りは終わった。話している途中で二度制服姿は涙を零したが、早苗が話を中断しようとするとそれを遮り、続きを話してくれるようせがんできた。早苗はその通りにし、思いつく限り自分の全てを喋りまくった。幸せなことから悲しいこと、楽しいこと、腹がたつこと、神奈子や諏訪子のこと、幻想郷の人々のこと、自分が抱えている日々の悩みのこと、それら全てをぶつけるように言葉にし続けた。


 話が終わると再び涙を零し始めたもう一人の自分のために茶を淹れようと思ったが、ポット自体のお湯が残り少なくなっているようで、このままでは二人分の量を淹れられない。台所でなら汲めるから、その旨を伝えると早苗は席を立って部屋を出た。


 木造の、広くて一人ではなかなか使いこなせないキッチンのすぐ外で水を汲んでいる途中、はたと早苗は家に戻る途中での人影を思い出した。あの自分そっくりな人――もしかしたら、ここに来ているのは私と彼女だけでなく、他にもいるのかもしれない。ポットに水を汲んだ後で早苗はこのまま居間に戻るかどうか迷った。とつおいつと考えた挙句、人影の正体を確かめることにした。彼女がいたのは倉庫の近くだし、あの様子だと何らかの痕跡を残しているかもしれない。早苗はポットが汚れないよう石段の上に置くと、ほんの少しだけ制服姿の自分にやましさを覚えながらも歩き出した。


 守矢神社の敷地は広く、台所から倉庫まで向かうのは早足でも数十秒かかる。念のために周囲を確認しながらも早苗は倉庫へと向かい、外周部分を確認しようとして、倉庫自体の鍵がかかっていないことに気がついた。足を止めてよく見ると、下の草むらに巨大な南京錠が落ちており、それはひしゃげて完全に使い物にならなくなっていた。早苗が今朝見た時には、確かに鍵がかかっていた。そうすると今朝から今までの間に誰かが鍵を壊したことになる。誰が? 


 ちりちりと導火線を火花が焦がす感覚を覚えて、早苗は二階建ての木造倉庫を見上げた。扉は固く閉められているが、中から何かの音が聞こえなくも無い―― もしかしたら気のせいかもしれない。手の中には巨大な何かで叩き壊されたような金属製の鍵があり、それが異様に冷たかった。早苗はそれを握り締めると、扉に手を掛けた。


 いつから敷地内に立っていたのか分からないほど古めかしい倉庫には、使うべき季節を過ぎた寝具や使用期限が過ぎ去った家具、それから祭事用の器具が収められている。その割合は祭事用具が遥かに大きく、そのためこまめに点検はしているつもりだった。とはいえ室内には埃と木材とが交じり合った臭いが立ち込めており、更に血と汚物と内臓と体液の悪臭が混ざりこんでいた。扉を開けると光が差し込んで内部が辛うじて見えるようになるのだが、ちょうど見える処には誰かの足があり、瞬間的にマネキンを予想した足の持ち主は、内心の予想通りやっぱり早苗の顔をしていた。その顔は生気が失せて真っ白だとは思うのだが、額には穴が空いており、そこからフナムシをより小型化したものがうじゃうじゃと湧き出して顔面を覆っていたからよく分からなかった。光の加減で隣の物体は見えにくかったが、一歩踏み出すとそこにいる自分自身は腹が切断寸前まで切り開かれており、中身はかき回されていた。まるで手術終了直前に腹部に忘れ物をした医者が適当に漁りまわったようだった。その顔面がさきほど目にした似非クレーターと同じようなものだったので、先ほど倉庫の外にいた人間だと早苗には理解できた。更に奥のほう、光も差さない闇の密度の高い部分にもたくさんのものが乱雑に置かれていた。さまざまな器具の向こうにあるのは例えば腕やら足やら首やら内臓らしきもので、血溜りもところどころに発生していた。一言で言えば何人かの体を解体してからすり漕ぎ棒で混ぜ合わせたような惨状だった。さらにもう一歩踏み出して早苗は何かを踏み付けた。足元を見るとさながら人形だったが、正確には人形でなくて赤ん坊だった。しわがれて縮みきった体つきをしており、干物を踏み付けたような感触だった。鼻が縮んで海外で作られた出来の悪い人形を思い出させる顔を見て、多分お乳を与えられなくて栄養失調に陥ったのだろうと思った。既に赤ん坊は息絶えており、だからこそ死が充満した倉庫に置かれる原因となったのだろう。無意識にしゃがみこんで赤ん坊だった肉塊を拾い上げて顔についたゴミを取っているうちに、ふと早苗はある事実に気がついた。乾燥した思考の沼から飛び出したものは槍のように早苗の心を貫いて、噴出した汁がびちゃびちゃと汚らしく精神の外堀を穢す。


 この赤ん坊は、もしかしたら私なのだろうか?


 ここでようやく早苗は正気を取り戻した。


 悲鳴を上げて亡児を放り出すと、早苗は途端に自分が理解してはならない場所へと迷い込んだことを理解し、逃げ出そうとした。しかし正気とともに帰還した臆病は早苗の足から力を失わせ、すとんと勢い良く腰が抜けた早苗はまともに歩くこともできずにへたりこんだ。唯一まともに動く腕で這いずろうとしたが、腕すら震える状況では数メートルもないような入り口からは無限の距離があった。助けを求めるために精一杯の声で叫ぼうとしたが、口から出てきたのは赤ん坊を砲丸のように投げた時と同じく、食われかけたインコが出すような囀り声ぐらいのものだった。決壊した堤防よりあふれ出した感情から逃げ出そうと、必死に早苗は自分の死体に満ちている倉庫で這いずる。自分自身が臭わせる汚臭を嗅ぎ取るたびに鼻が割れそうになり、気が狂いそうになる。一分だか一時間だか十時間だかかけて早苗は長方形の光の下へと抜け出す、直前に影が自分の顔へと落ちた。


 制服姿の早苗がそこに立っていた。


「やっぱり見ちゃったか。もう、倉庫を使うのはダメね。時間なくても森に隠すべきだったわ」


「せ、せいふくさ…………、あああ、あれ」
 早苗は彼女の紺色の靴下に包まれた足にしがみついて、後ろを指差した。助けを求める気持ちはあったが、それ以上に自分だけがこの地獄を体験しているのに耐えられなくて必死にすがりつこうとしたのだ。早苗の背後を見た制服姿はふーん、と鼻から抜ける息をついてから早苗の足を振りほどき、彼女を倉庫の中に蹴飛ばした。げっと肺から搾り出された空気を求めて喘ぐ早苗の眼前で倉庫の扉は閉められて、ぱちんと豆電球が――これも河童が用意してくれた善意のほどだ ――点けられた。そしてかぼそい灯りの中で見る世界は、もっと悲惨だった。


 倉庫には一階と二階部分があり、早苗が死体の山を見たのは一階部分だけで、それも半分程度でしかないことがわかった。計四つの豆電球が点灯すると一階と二階に十分な灯りが点され、そこにあるのはやはり自分自身の異形蒐集品でしかなかった。脳が膨らんで内部から爆発したような早苗が、頚骨がどうにかなってしまったのかろくろ首のように首が伸びきった早苗が、全身がゼリー状に溶け出してしまって人としての形態も留めていない早苗が(顔だけはなんとか人のように見えるから判別できた)、裸体のままヴァギナの部分から手らしきものを生やした早苗が、ヴァギナ自体が爆発して股関節に巨大な穴が空いている早苗が、年老いて皺のせいで体が弛みきったゴムのようになっている早苗が、そして勿論あと十年以上も歳月を重ねれば自分自身になれただろう赤ん坊の死体が早苗の近くに転がっていた。さきほど壁にぶつけられたからか頭が空気の抜けたゴムボールのように凹んでおり、潰れた果実のように歪んだ眼窩が早苗を睨みつけていた。鍵を壊すのに使ったのか、刃先が若干欠けている斧が倉庫の隅のほうに転がしてあった。幾多の死体を見た早苗は上を見て、そこからたくさんの目が覗き込んでいるのを目撃した。


 倉庫は吹き抜け状となっており、二階へと上るためには階段が設置されている。そこを辿った二階部分からは怯えたような視線がいくつも早苗を見下ろしており、もちろんその目の持ち主も早苗だった。全身が傷塗れになった自分やら口裂け女のように顔面の筋肉を刃物で切り裂かれた自分やら、その他映画のシーン(もちろんホラー映画でしかありえない)でしか目にしないような、吐き気を通り越して精神に傷を負うほどの異常を身にまとった自分がゴロゴロいた。彼女たちの視線は恐ろしいほどの愚直さで早苗を見つめ、その視線は飢えた犬のように見えて早苗はぞっとした。


 言わば廃疾と畸形と異形の大博覧会だった。


「可哀想にね、死んだ子たちは、耐えられなかったの」
 制服姿は哀れむように口を開いて、静かに十字を切った。それ以外には早苗も上階の異形たちも、何一つ喋らなかった。外も内も耐えられないほどの沈黙が占めており、早苗は一瞬世界が壊れるか自分が壊れるまで叫びだしたい衝動に駆られた。我慢した。
「もう体が限界だったんでしょうね。普通の人間ならなんでもないことなのに、死に近づきすぎていて避けられなかったの、あの子たちは。もう少し頑張れば……あとちょっと耐え忍べれば幸せになれたのに」
 それだけ言うと、制服姿は早苗に向き直った。その表情はさきほどとは打って変わって湖水のような無表情だった。


「ごめんね、ほんとはもう少し穏やかにやりたかったんだけど、あなたがここを見つけちゃったから、手荒になっちゃう」


「何を、……何を私にする積りですか」
 ほとんど喘息のような罅割れたしゃがれ声で早苗は問いかけた。起き上がって逃げ出したかったが、戸口に制服姿が立っていることと、彼女が床に落ちていた斧を拾い上げたことが早苗を躊躇させていた。頭の中では無数の分岐点が存在していたが、最終的に斧で頭部をかち割られて脳味噌をぶちまけるか、首を切断されて血液をタライ程にも流すか、心臓に突き刺さった刃先を目にするような情景しか浮かんでこなかった。傍目にも分かるほど哀れっぽくぶるぶる震えだした早苗の向こうで、手斧を持ち上げた制服姿は嬉しそうに言った。


「成り代わり」


 成り代わり? 疑問符を浮かべた早苗のためか、制服姿はゆっくりと口を開く。その間に異形たちが階段を伝ってゆっくりと降りてくることに早苗は気付かなかった。その数は殆ど倉庫いっぱいにまで詰め込まれており(普段ならば酷く音が鳴ってやかましいはずだが、この世界の特性上それはありえないことだった)、おおよそ死体を含めれば百人はいるのではないかと思うような数だった。


「最初の頃はあなたと同じだったの。それなりにまともに過ごしていたと思う。父と母は仲が悪かったけどそれほどでもなかったし、周りの人も私を受け入れてくれていた。でも中学あたりから近所の人は私を噂するようになったわ。私が自分で発生させられる奇蹟に夢中になりだすと、異常な子だ、悪魔を呼ぶ子だなんていう人がでてきた。周辺に教会も近かったから。ある程度は陰口の段階だったし表沙汰にはならなかった……市長の子が可愛がってた子犬を蘇らせるまでは。手違いか何か分からなかったけど、結果的に子犬の死体は消えてよくわからないものが飛び出したの。猫だか鼠だか知らないけど、多分そういうのを合成した生き物。烏みたいな鳴き声をあげるとそいつは死んじゃったけど、同時に全身が破裂して中身をぶちまけたの。私に依頼してきた子にもべっとり。その子は叫んで逃げ出して、一週間も経たないうちに私は迫害されるようになった。驚いたわ、ミレニアムは過ぎ去ったのにまだこんなことが起こりえるんだもの。あんまりにも夢物語的なストーリーだから本当に夢かと思ったんだけど、そうじゃなかった。お父さんやお母さんは外で苛められるようになって、私は学校で苛められるようになった。三回くらい女の子からリンチされたけど、最近の子って平気で木刀とか鉄アレイとか振り回すのね。一回ぐらいは本当に殺されるかと思ったわ。警察はおざなりな対応しかしないから、いよいよエスカレートしていった。引っ越すことも考えたけど神社のことを考えたらそれも出来なくてね。男の子にもリンチされたけど、あれはむしろ輪姦の方が正しいかしら。一度子供は堕ろして、二人目は流産だった。もう病院に行くお金もなかったからお父さんが私の腹を殴りつけて流産させようとしたんだけど、母親が必死に止めて最終的に自宅出産にこぎつけたわ。まあ、意味なかったんだけど。産婆なんていないから家族だけで二日かけて頑張って、結果的に死んだ子供が出てきた。それを目にした時の父親はね、このまま家族をみんな殺して家に火をつけたほうがいいんじゃないかって顔をしてたわ。もう目が完全に狂ってるか死んでるかのどちらかだった。母親は父親が堕ろそうと思ったから本当に死んでしまったんだ、ってずっと場違いな恨みを抱いてたわ……そうでないと耐えられなかったんでしょうね。もう許容範囲を遥かに超えて、何かを攻撃しないとどうしようもなかったんでしょう。


 最後のあたりはどうして自分が生きていられたのか不思議でならないんだけど、とにかく生きていた。その辺りで神奈子様と諏訪子様が現界できて、幻想郷に移動することを提案したの。他の人たちの記憶を全部消して、新天地を目指さないかって。一も二もなく飛びついたわ。私服なんて一着も無かったから学校の制服を身に着けたまま私は逃げ出した。要するに今着てるこれ。とは言え逃げ出したのはいいんだけど、そこでお二人は死んじゃった。分かる? これから三人で新しく生活を立て直そう、早苗はきっと幸せをつかめるって力強い顔で仰って、もう縋るしかなかった私はそれを信じた。その三日後にポックリ逝った。前日から体調は悪そうだったけど、朝起こしに行ったら冷たくなっていた。数時間もしたら砂になったわ。食べ物が悪かったのか空気が悪かったのは分からないけど、一つだけ分かるのは私がいきなり荒野に放り出されたこと。悲しみとか感じる暇もなかったし、今じゃどうして先に逝ったのか恨む気持ちの方が強いわ。一週間ぐらいであれほど私の人生を引っ掻き回してくれた奇蹟の力も消えたから、私は普通の人間として生きなければならなくなった。あの頃の私は生きたまま地獄を彷徨っていたようなものね。幻想郷もそんなに楽しい場所じゃなかったし、常に妖怪と人間が殺しあっていたから。調停者らしき人は何人か出てこようとしたけど、全員殺されたわ。そのうち賢者達も放り投げてあとは修羅場。まあもう世界から隔離しちゃったから仕方ないんでしょうね、中断したら自滅するしかないし。私は売春をやってどうにか食い繋いでいた。制服プレイって言うの? 幻想郷にそういう概念は無かったんだけど、お客さんに教えてあげたら嬉しそうな顔をしてスカートにペニスをこすりつけてきたわ。糞とか猫残しとかで食い繋いでいるうちに、私は一人の妖怪に拉致された。名前は八雲紫。


 こっちじゃどうだか知らないけど、向こうのあいつは嗜虐主義者の同性愛者の腹ボテマニアの人肉食いよ。そのくせ私にも食わせるんだもの、もう慣れちゃった。そうそう、彼女はいつも隙間の中をジェットコースターのように引きずりまわしながら致すのよ。私も当然巻き込まれたんだけどね、万華鏡の中をピンボールみたいに跳ねまわされているようなものだから、五回くらい気が狂ったんじゃないかと思うわ。その度に記憶を消されてるから結構グチャグチャなんだけど。そうやって無茶苦茶にされている間にね、私の中で奇蹟の代わりに別な能力が生まれた……それが別世界を知って、移動して、弄繰り回す能力。これを利用してあいつを何回か殺そうとしたけど、そもそもあいつから派生したような能力だったから、増上慢のあいつは全部知っていた。何回も返り討ちにあって異次元の生き物どもの公衆便所になるうち、私は諦めたわ」


 彼女は言葉を区切ると大きくため息をついて、いつのまにか早苗を包囲していた異形たちに目をやった。一人ひとりじっくりと、彼女達の言い知れぬ労苦を慮り、己が体験した壮絶なものは彼女たちも同じくらい体験しているかのように。じわじわと漏らした小便がショーツを濡らしていくのを感じていた早苗は、制服姿の中にはもう何も残っていないことを発見した。彼女の中の価値あるものは根こそぎ奪い去られてしまい、後には残骸しか、いやそれすら強奪されて残ったのは肉と微かな狂気の塊でしかなかった。


「それが、……それがどうして、私に関係あるんですか! あなたのことは分かりました、でも私は…………」
 言葉の代わりに制服姿は斧を振り上げると、早苗の足首に振り下ろした。生木でも割ったような音に驚いた早苗が足を見ると、割れかけて血と体液が噴出している自分の足が目に入って彼女は絶叫した。耳につく声がまるで気にならないように制服姿は話し続ける。


「これの応用としてはね、ある程度時間軸を調整して飛べることなの。同時に時間の逆説、タイムパラドックスも回避できるわ。やり方はまあ、螺子じゃなくて釘で代用するみたいに強引と言えば強引だけど、とにかく可能。それを知ったのは調教の最終段階、もう使い物にならなくなった私をあいつが食おうとした時。頭を割られて脳味噌を取り出される瞬間、頭の中に雷鳴のように鳴り響いたわ、それが示すラッパの音が。私は飛んだ。あと一秒も残り時間はなかったけど、それで良かった。―ナノセカンド程度の時間でも、どこにでも私はいけるということだから。向こうの世界で私が食われると、同時にここにいる私――多分私は魂みたいなものだと思う。ある意味これも幽体離脱かしら――も死ぬことが確定する。でもそれまで私は種々雑多なことができるし、そうしようと思った。ま、要するに寿命が変化しただけね。どっちにしろあいつから逃げることには成功したから。どうせだから死ぬまでここにいてもよかったけど、死に場所を探して立ち寄った世界でこの子たちを見つけたわ。だから私はこの子たちを救おうと思った。自分が出来る限り萃めて萃めて萃めまくって。あいつには勝てないけど、あいつの目を盗むくらいなら私にもできるようになっていたから、どうにかやってのけることができたわ。意外なことだけど、紫のようなのは多世界管理者として在るようだけど、霊夢は一限的な世界管理者としてしか存在してないようなの。あくまで私は鳥の目を誤魔化せばいいだけであって、獣の目は誤魔化す必要もないわ。干渉なんて短時間だし。


 この子たちはそれぞれの世界で今まさに死のうとしているし、自殺しようとしてた子もいる。殺されるところだった子もいる。出来る限り酷い目にあっていてもうどうしようもない子たち、袋小路に閉じ込められて嘆くしかない子たちをその世界から引きずり出した。幸せを突き詰めると数パターン程度しかないのに不幸の極みに達するとその分岐は数百、数千にも及ぶから、本当に手間だったわ。……でも私が救えたのはほんの数十分の一、残った子たちは未だに殺され続けているし慰み者になっている。それに私が連れた中の半分も、移動には堪えられなかった。外に放り出すのも可哀想だからここに運び入れたんだけどね。


 これは推測だけど、もしかしたら私たちはどこかの見世物小屋みたいなところの出し物の一つにじゃないかと思う。それを見た人がたっぷり想像と妄想を働かせて私たちを強姦し続けて、そうした空想の中から私たちは生まれているんじゃないかと思うの。その対象は私だけじゃないかもしれない、この神社に住む人たち、幻想郷に住む人たちがみんな気付かないだけでショーの一部に過ぎないんじゃないのかしら。だって、そうでなければ私たちがどうしてここまで陵辱されたり嬲られたり強姦されるのか分からないじゃない。理不尽すぎるわ、そんなの。ここにいる子たちはみんな親しい人に裏切られたり冗談みたいな動機で乱暴されたり、色んな悪意と情欲と好奇心に晒されてきた。何人かは今妊娠しているし、父親が分からない。おかしいわよね、十つ子も宿している早苗も中にはいるの。クリトリスを引きちぎられた子もいる。そんな私たちがいても幸せな子たちは同じような幸せを味わって、ニコニコニコニコ人形みたいな笑顔で毎日を過ごしてる。例えばあなたみたいにね」


 押さえていれば治るかのように早苗は血が噴出す足首を押さえていたため、その言葉を聞いても早苗は何も感じなかった。ただ激痛と混乱の狭間で彼女は叫び続けているだけだったし、制服姿もそれを承知しているように言葉を続けた。


「他の子と同じようにあなたの世界はよく見えたし、あなたの世界はとても幸せそうに見えた。どうせだから他の私たちも皆殺しにしたいと思っていたんだけどね、どうしてか無理だった。これは世界の法則って言うのかしら? あなたの世界には介入できてもね、他の早苗の世界――幻想郷の外で幸せを享受している早苗!――にはまったく入れないのよ。弾かれてお終い。後は塀の外から眺めるしかできないの。調べてみたけどね、私たちがどうにかできるのはあなただけしかいなかった。だからずっとあなたを観察してたわ。どんな風に入れ替わろうかって、どんな風におびき出そうかって、色々と考えて考えて考えた。


 他の子ではまるで敵わないほどあなたは模範的な生活をしてたわ。毎日毎日同じ事をしてそれに気付かなくて幸せと言えるようなぬるま湯の世界。まあ、あなたたちはそれを目指しているんだろうし、私もそうだったもの。きっとあなたの世界が光り輝いていたのは、あなたが一番幸せだからなのでしょうね。でもやっぱり、話を聞いた時は羨ましくて羨ましくてたまらなかった。最初はただの確認のためだったのに、あれほど求めていたものが下痢みたいにどろどろ流れ落ちて ――こいつが満たされてるって思うと悔しくて悔しくて涙が溢れた…………でも、それももう終わる」


 制服姿が足首を押さえて暴れる早苗をむりやり仰向けにすると、異形たちが早苗の両手両足を掴んだ。彼女たちの目はぎらぎらと輝きながら早苗を見つめ、怒りと苦悶に震えながらも早苗はそれを感じ取った。無碍に掴まれている足首の信号が早苗に力を与えていたが、十人近い人数に取り押さえられていると脱出も叶わなかった。そこで制服姿は制服のスカートをたくし上げた。そこにはペニスらしきものが蠢いていたが、瞬く間に赤黒いそれは怒張し屹立しはじめる。早苗の胃が形容しようのない音を立てて、彼女は制服姿の意図を理解した。理解した途端に決死の努力で腕を跳ね飛ばそうとしたが、首に斧を当てられてはどうしようもなかった。ほんの鼻の先で制服姿が笑う。


「無理よ、無理。この世界は音が無いほかにも能力その他がまったく使えない世界なの。だから能力なんて使えないし、あなたはか弱い女の子。私たちもそうだけど、一人と数十人じゃ多数のほうが勝る。もうあなたはおしまいなの。


 それでこれはね、あいつに着けられたの。もう子宮がボロボロになってきた時にあいつは私に花の種みたいなものを飲ませて、そしたら股間からこれが生えてきたわ。前の晩に子宮が物凄く痛くなったから、多分子宮を餌にして出来たものなんでしょう。これで突いたり突かれたり……うふふふふふふ。私はもともとアブノーマルじゃなかったんだけどね、もう適応って言うのかしら? あの段階まで来るとなんでもいいやって気になってね、誰でもいいから穴に突っ込んで射精したくなるのよ。あはぁ、興奮してきた」
 口にしながら制服姿はペニスを扱き始めて、舐めるような目で早苗の股間を眺める。早苗ははじめて会った時から心の奥底で感じ取っていたものが何であるのか、それがどうしてなのか理解した。しかしもう手遅れだった。貪られているうちに色情狂にならざるを得なかった少女のペニスがショーツの上を走り、先走り液がぬるぬると布を濡らす。他人の小便をこすりつけられているようだった。上気した顔の制服姿が早苗の頬でちろちろと舌を滑らせ、閉じた瞼の上でぐりぐりと回す。


「ね、あなた処女? 処女でしょ? だってだれとも交接してるわけじゃなさそうだし、オナニーも陰核をクリクリするぐらいだもの。見てたから全部知ってるの。だからね、これからあなたはレイプされる。まず私がやるし、次は他にペニスを持っている子。その次はペニスを持っていない子。あなたがあんまりに綺麗で素敵で羨ましいからね、あんたを滅茶苦茶に汚してやる。


 あんたに成り代わる前にあんたの糞みたいな価値を散々に貶めて、そして私たちはあんたになる。魂の仕組みは世界の仕組みと対して変わらない……というか、殆ど同じようなものだからね、割と応用が利く。これからあんたの馬鹿魂はみじん切りにされてどこか遠くにばら撒かれて消えてなくなる。次元の海に魚がいるならそいつらに食われるかもね。それから私たちは自分たちの魂を分割して最終的には一つになって、あんたの後釜に座る。つまりあんたになる。早苗が早苗になるから誰も気付かない。詰めが甘いなんて馬鹿なオチは無いから残念でした。中心はもちろん私だけど、これは役得ってものね。そうして私たちは救われて、あんた一人だけが犠牲になる。あんた一人を解体するだけでみんな救われるんだ。ありがとう生き延びてくれて。そしてさようなら、どうか苦悶の果てにこの世を呪いながら消滅してください。


 あらあら、布を取り去ってみたら……つるつるして美味しそう。これが生娘のヴァギナなんだ、ふふ。まだ男も迎えてないのに自分自身に貫かれるなんてねえ、うふふふうふふふふふ。あぁ楽しい、あんたの顔を見てるともっと楽しい。んじゃ失礼」


 制服姿が話している間中、早苗は逃げ出そうとしていた。叫び声を上げて神奈子と諏訪子の名前を呼んで助けを求めた。求めて求めて求め続け、ついに自らの処女が破壊された時、早苗は自分がこうなる運命だったことを悟った。欲情に塗れた残骸にレイプされながら早苗は激痛に絡みつかれて、上をぼうっと見上げながら異形たちの興奮と歓喜に満ちた目を眺めるしかできなかった。とうとう制服姿が射精した時、早苗の中でわけのわからないものが爆発し、それに失ってはならない大切な物が巻き込まれてしまったことを知った。早苗は失神した。


 それで全ておしまいだった。





 午前四時、妖怪の山全体を襲ったマグニチュード7.5の大地震は山全体に大きな被害を齎した。河童と天狗が共同して作り上げた山岳内部の都市においては崩落が相次ぎ、建造物や入り口が破壊されるなどの被害が相次いだ。しかし彼女達は妖怪であったため、死者は出ず軽傷で済んだ。しかし中腹にある守矢神社は地震の影響を全面的に受け、神社の母屋部分は完全に倒壊した。別々の部屋に住んでいた八坂神奈子と洩矢諏訪子は地震に巻き込まれたものの、彼女達もまた微傷で済んだ。両名の無事を確認しあった後に二人は風祝のことを思い出して救助作業に着手した。間もなく東風谷早苗は発見されたが、彼女は胸部に木材が突き刺さり、折れた梁の欠片が顔面を穴だらけにしていた。殆ど半狂乱の二人が必死に彼女を救助しようした際、早苗は目を覚まし、心臓を貫く凶器に手を触れてから「ああ」と呻いた。それから彼女は息を引き取り、二人は騒ぎを聞きつけた天狗がかけつけるまでの間絶叫し続けた。


 尚、この大地震については龍の気まぐれ、天人の悪戯、地下都市における何らかの現象の波及効果、紅魔館における魔術実験の影響、単なる地殻変動などの諸説が挙げられるものの、正確な原因については分かっていない。
復路鵜
2009年04月14日(火) 22時44分33秒 公開
■この作品の著作権は復路鵜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
二〇〇九年三月八日、第六回博麗神社例大祭開催。
 会場は東4・5・6ホールを使用し、約3000サークルが参加した。

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