【ニンジャスレイヤー】モータル・アンド・イモータル
・第三部準拠のお話です
・『ファスト・アズ・ライトニング、コールド・アズ・ウインター』を読んでおくとちょっと分かりやすいです
・この作品は奥ゆかしいファンジン小説であり本編にないことがまことしやかに書かれていても古事記のいち側面と捉えて欲しい
・捉えよう
・ニンジャアトモスフィア供給の改善重点を目指す
・イヤーッ!

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 培養槽での発生当初からその生物は歪んでいた。


 度々放送されるアナウンスと液体に投入されるオカユ・サプリメント、ガラス外の白衣たちが話し合う様子のみが、生物に得られた「外界」そのもの。当初の彼には生も死も存在せず、あるのは視覚と聴覚の寄せ集めだけだ。意思もなく言語もない、平原のような精神だった。


 そして驚愕する。己の頭部は全部で四つあった。生物としての本能が異常を叫ぶ。その驚きを他の頭部らも共有していることを、しばらく経ってから気づく。猛獣を前にしてのにらみ合いのように、生物たちは自分自身に怯えた。だがやがて、その身に宿り始めた醜悪な魂が全てを超越させはじめた。


 白衣らの動きが慌ただしくなり、放送が頻繁になる。テストが少なくなった。彼らは個性を持ちながらも共通する肉体を持つ異形だった。五感が揃い、魂が生物を整えてゆく。当初は恐れと混乱に満ちていた精神が、魂によって整備されていく。


 多すぎることは苦痛であった。統一されたかった。多であった彼らが一になるための答えは、魂が「為すべきもの」と呼ぶことに集約されていた。彼はカタナのようにシャープとなっていき、自信を深めていく。やがて手足に十分な自信を持って、彼は動いた。


 監視アルゴリズムの隙をついた培養槽からの脱走と、監督するニンジャの殺害は成功した。ニンジャの小太刀を奪うと、研究所内で彼の敵はいなくなった。つまりカラテ・プラクティスを兼ねた虐殺がはじまった。たちまち湧き起こる阿鼻叫喚。


 同時に彼は、ニンジャの残骸を食うことで彼らを自分に取り込むことを覚えた。ヨロシサンによる暗黒研究の産物として付け加えられた邪悪な能力は、そのまま生物による破壊的な転用と相成った。監督ニンジャと研究員を食うことで、彼は知識とカラテを得た。


 そして他の首たちを従えて、生物は、ニンジャソウルを宿した者は走りだす。外へ。外へ! ニンジャが為すべきことを! 非ニンジャに与えられる責務を全うさせるために! あらゆるモータルの役目を果たさせ、自分はイモータルとしての義務を果たさなければ!


 彼は皆殺しの末に物資を強奪すると、研究所の外へと駈け出した。「イヤーッ!」というシャウトを残し、外界へ。


 それは疫病の始まりを意味した。


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 ドバシ・コウがニンポによって生活の糧を得るようになってから随分経つ。


 だが無論彼はニンジャではない。このマッポーの世であるネオサイタマでそんな事を嘯く人間など発狂したバカに決まっている。彼が行うのは、一口で言うならば路上パフォーマンスだ。それはニンジャを模したものであるが、真でないことはドバシにも通行人にもわかっている。


 ドバシによる似非ニンジャのニンポは数多様だ。カエン・ニンポ、ウォーター・ニンポ、ネコネコ・ニンポ。くだらなければくだらないほど、人々はトークンを落とす。心底からドバシを嘲る笑みを浮かべながらも、トークンを寄越す手つきがたまに震えているのを、彼は見る。


 皆、怖がっている。ドバシはそれを直感的に感じる。ニンジャなどがいるはずがない。オバケめいた妄想だ。だが一抹の可能性が完全な否定をさせない。絵空事を受け止めきれない何かが、人間の中に存在するのだ。それはヨタモノやヤクザどもによる襲撃に見受けられる。


 「ザッケンナコラー!」と威嚇しながらも、奴らもどこかでニンジャの存在を認識せずにはいられない。ドバシの影に見える邪悪を怖がらずにはいられないのだ。然り、ニンジャは半神的存在であった。だが今は……ジゴクへと落ちたのだろう。インガオホー。


 ではニンジャの真似をし続ける自分は何なのだろう、と彼はフートンの中で考える。暇な夜は多い。大道芸を始める前、手元には盗んだ玩具のスリケンとヌンチャク、そして『今日からできるニンポ・ガイド』しかなかった。できることなど通り魔か大道芸しかなく、ドバシは大道芸を選んだ。


 最初は鼻で笑われるだけで、おこぼれ程度のトークンしかなかった。無力感の底でドバシも絶望した。諦められればよかった。だが他に自分ができることなど、ない。これ以上逃げられない。だから進むしか無い。どんな細くて汚い道でも、ドバシが行けるのはそこしかないのだ。


 昼は頭を捨ててニンジャの真似事をして、トークンをかき集める。ネオサイタマの表に裏通りをあちこち歩きまわる。一人ならそこそこ食っていける。そして夜は携帯用フートンに潜りながら、タマゴ・スシやサケ・ショウチュウを飲んで、ときおり人間の頭に戻る。


 今日もまたそれは同じだ。「バカ!」「ブッダミット!」という罵声が遠くで聞こえ、学生かヨタモノが彼の脇を駆けていく。最近は、ほぼ無差別に近い形で殺人事件が起こっているらしい。被害者は皆バラバラだ。だが……それが何なのだろう? 人殺しなんていつでもある。


 昔からずっと変わらない、同じだ……と考えたドバシは、サケを一気に煽った。考えても泣きたくなるだけだ。ドバシは五十路を越えたマケグミだ。だがこれだけはしっかりと骨身に染み付いている。「昔」とはゴミだ。見るだけ無駄だ。とにかく今はトークンを稼いで……やり過ごして……


 そしてやり過ごしてどこへ行くのだろう?


「貴様はジゴクへ行くのだ」頭上の声がドバシの心を代弁したようで、心臓が止まった。


「アイエッ!」恐ろしさにフートンを飛び出したが、重金属酸性雨をしのぐための高架下には誰の姿もない。彼の携帯フートンと、内部に隠してある大量のトークン、それからいくつかの日用品だけだ。ここにヨタモノがやってきたことはない。幻聴か?


「上に居るのも分からんのか匹夫!」ドバシが見上げたのとそれが降ってくるのは同時だった。眼前でコンクリートの床が大幅にひしゃげ、轟音が耳に突き刺さる!「アイエエエ!」ドバシは転びながら失禁! 降りた者は彼の股間を冷めた目つきで眺めて唾を吐いた。


「アイエエエ……ニンジャ……ニンジャナンデ……」ドバシは力なくその者を見上げた。まさしくクリーチャーの如き巨大な異形! 首が四つ! コワイ! 首らはあちらこちらを見回しながらも、しかし首の一つがドバシを睨み続けていた。その瞳に映るのは紛れもない殺意!


「ゴメンナサイ。トークンならあります」ドゲザしながらドバシが恭しくトークンを差し出そうとしたその時!「イヤーッ!」ニンジャの回し蹴りによってトークンが四散! 蹴りの風圧で消滅したのだ!「アイエエエ!」ドバシは多重の意味が込められた悲鳴をあげた。


 またドゲザしようとするドバシにその者は「ニンポをしろよ!」と異様に明るい声で言った。「エ?」「早く早く早く! 俺はお前のニンポが見たいのだ! だから監視をしていたのだぞ! それとも死ぬか?」首の一つが、どう見てもひきつった笑顔でスリケンを構える。


 逆らえば死ぬ。ドバシは背中をどやされたように立ち上がり、「ヨロコンデー!」と叫んだ。泣きたくて仕方がなかった。どうしてこんなニンジャが眼前にいるのか分からないが、とにかく動くしかない。相手は彼が逃げるより先に首を跳ね飛ばすだろう。


 罵声とも歓声ともつかない声を背後から浴びながら、ドバシは準備をはじめた。ネコネコ……論外。ならウォーターか? いや、もっとまともそうなものは……カエンか……彼は今更ながら、「暴力」の恐ろしさに身を竦み上がらせた。圧倒的なハリケーンは人を簡単に食い散らかす。


「で、では始めます」ドバシは失禁した股間を更に濡らし、カタナを飲めと言われた表情で演技を始めた。火種から火を起こすと可燃性の油を口に含み、それを近づけた。「オイオイオイ! オイオイオイオイ!」ニンジャがおもむろに近づくとドバシの腹にサイドキック!「イヤーッ!」


「オボボーッ!」ドバシは油と胃の中身を全て吐き出し、腹を押さえて跪いた。生きていたが、涙が溢れる。消えたい。「やはり非ニンジャは屑だな。もっとマシなものを期待していたが」ニンジャが呟く横でドバシは、とうとう死ぬのだと覚悟した。


「アイエエエ……」「本当にもう終わりか? なんという無駄骨!」別の首がドバシを向いた。楽。「お前は食うより縊り殺した方が良いかもなあ」「エッ?」「そうだな! こいつ臭そうだしな! 殺っちまうか!」「ウム、それが良かろうぞ」


「ザッケンナコラー! くだらん無駄を見せやがって!」怒が赫怒を顕にドバシに迫る! ナムアミダブツ! ドバシは無残に殺されてしまうのか!? 「イヤーッ!」その時遠方から豚貯金箱が飛来! ニンジャはブリッジでこれを回避!


「オイオイちょっと何やってんだこの野郎!」若い痩せた女が走ってくる! ニンジャは体勢を戻してスリケン投擲! 他の首たちはそれぞれが口から吹き矢を射出! ワザマエ!「フッフッ!」だが女も伏せて回避! ついにドバシたちの前に到達した!「ドーモ、エーリアス=ディクタスです」


「ドーモ、エーリアス=サン、マルチプルです。……女、ニンジャか。なぜ邪魔をする」マルチプルが二本の小刀を抜くと構える。彼女は苦々しい顔つきになった。「なんでって……んな、拷問見せられて黙ってられるか!」彼女はヤバレ・カバレの顔になるとドバシに「オイ! 逃げるんだ!」


 ドバシは凍っている。頭が状況についていかない。「バカ! 早く立て!」エーリアスがドバシの手を掴むと立ち上がらせる。「ア、アイエエ……」ドバシはよろめいた。マルチプルはエーリアスを窺いながら「必ず殺す」と宣告! 彼は震え上がった。


「行け! 早く! 行けッての!」彼女が構えとも言えない構えを取りながら叫ぶと、ドバシは走りだした! 逃げろドバシ! そしてドバシが全力疾走になった頃、彼らの恐ろしいカラテシャウトが耳に響いてきた!


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「あーあ……やっちゃった」エーリアスは割れた貯金箱を見下ろしながら、やや引きつった顔になる。「カラテさっぱりなのにな……何やってんだ俺」「イヤーッ!」そこにマルチプルが先制! ナムアミダブツ! だがエーリアスは咄嗟にドバシが残したフートンを掴むとマルチプルに投擲!


 薄汚いフートンがマルチプルに絡みつく! 汗と長年の使用が祟ってフートンは既に粘性の塊だ!「チィーッ!」マルチプルがフートンを剥ぎ取るまでの一秒弱、エーリアスはマルチプルに特攻! ナムサン! 彼女は自殺する気なのか!?


 だがそうではない! 布団を剥ぎとったマルチプルの顔面をエーリアスがグラップすると、カラテ集中! 眼を閉じて相手のニューロンに突入するユメミル・ジツだ! ゴウランガ!「グワーッ!」理解不能の激痛に悶えるマルチプル! 彼のニューロンは今だ発展途上!


「グ、グワーッ!」マルチプルにはニューロンに対する防御姿勢が未だ発達していない! エーリアスにとってはベイビー・サブミッションだ! 彼女は頭の一つに侵入するが……「グワーッ!」彼女もまた悶絶! 路上で転げまわる二人! エーリアスが鼻血を出す!


 なんというケオス空間! マルチプルのニューロンは首々らとの密接交流によって常に流動! その蠕動ぶりはピーノキーオを飲み込んだホエールの如き!「くそ……!」痛む自身のニューロンをマルチプルから引き剥がしたエーリアスは小型UNIXを通じて緊急連絡!


「ザッケンナコラーッ!」マルチプルの威嚇! 怒の頭部を風船さながらに膨らませたマルチプルは、しかし既に立ち直りかけている! 「イヤーッ!」喜がシャウトするとその全身が加速度的に膨張! これがマルチプルによる、ジコカイゾウ・ジツ!「イヤーッ!」


 咄嗟に巨大な拳攻撃を避けるエーリアス! だがその拳がムチめいて曲がった!「グワーッ!」アナヤ! マルチプルの左腕が大蛇めいて伸び、代わりに右腕が縮んでいる! 既に主導権は楽が握り、得体の知れない笑顔の下では筋肉が蠕動! なんたる生物学的根拠を無視した邪悪産物!


「GRRRRR……!」ニンジャの左手が割れる! そして中からスリケンを突き出すと、球形のフレイルめいて変化が完結! もしそれが激突すれば、エーリアスの体は粉砕確定! ナムアミダブツ!「イヤーッ!」マルチプルが振るう!「イヤーッ!」エーリアスが転がって回避!


 だが腕の振りの戻しが早い! フレイルの長さすら変化する様態では、肉体武器の速度も変化はまた必定! 絶妙な速度でエーリアスに迫り来る凶器!「殺った!」主のマルチプルが叫ぶ!「イヤーッ!」腕が振り下ろされた!


「イヤーッ!」連続するカラテシャウト! だがこれは他者によるものだ……!「何者!」マルチプルの問いかけにインターラプトを成功させたニンジャは飛び退って距離を取る。「ブッダ、間に合ったか……!?」へたりこんで息をつくエーリアス。


「ドーモ、マルチプルです」マルチプルは発達しつつあるニンジャ第六感を用いて先制挨拶! 腕を元に戻し、オーソドックスな戦闘態勢へ。怒は連続ニューロン攻撃による嘔吐から立ち直り、憤怒の瞳で闖入者を睨みつける。「許さんぞ邪魔者めが。粉々にしてすり潰す」


「ドーモ、マルチプル=サン。ニンジャスレイヤーです」その赤黒に身を包んだニンジャは、素早くオジギするとジゴクめいた構えを取る。「通知は受け取った。退がっていろ」退避行動を取るエーリアス。赤黒のアトモスフィアがマルチプルの追撃を留まらせる!


「ニンジャスレイヤー=サン、なぜニンジャの邪魔をする」主人格のマルチプルが鋭く問う。「なぜくだらんモータルに与するのだ。イモータル同士でなぜ足を引っ張り合う!」「そもそもニンジャなど不要だ」一言で断じたニンジャスレイヤーのメンポから蒸気が立ち上る!


「くだらぬ問答など無用。ニンジャ……殺すべし!」発言と共にニンジャスレイヤーは、蛇めいて腕をしならせるとスリケン投擲!「イヤーッ!」


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」……


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 まだ人の行き交いが多い表通りまでたどり着くと、ドバシはようやく腰を下ろした。久しぶりに走ったせいで足に力が入らず、胃が果てしなく回っていた。通行人たちはドバシを踏まれた害虫を見る目で眺めているが、いつものことだ。あのニンジャに比べれば遥かに良い。


 深呼吸をして落ち着いたドバシは、ゆっくりと歩いて行く。ウシミツ・アワーも良いところだが、無軌道大学生からサラリマンまで多様な人間たちが蠢いていた。車のクラクションすらドバシの耳を慰めてくれるが、しかしニンジャを目にしたショックがたやすく消えるものではない。


 ニンジャ……ニンジャ。あの半神的存在がドバシの目の前に現れた。そして躊躇なく殺そうとした。きっと連続殺人事件も、あのニンジャの仕業に違いない。あいつの前では自分など屑だ。奴は気に入らないものを一秒未満で破壊できるハリケーンだ……!


 思い出すと吐きそうになった。痛烈にサケが欲しかったが、ポケットに残った小銭程度のトークンでは売ってくれない……ちょっと待て。ドバシは根本的な疑問に気づいて、目眩を覚え始めた自分を知った。


 これから俺は、どうすればいいんだ。どう生きれば良いんだ。何もない。少し考えてみたが本当に何もなかった。通行人たちの声が痛くなり、視界の隅でマッポが走って行くのが見える。トークン。これが全財産。彼の全て。他は全て無し。


 そもそも寄る辺なく最後の手段としてニンポにすがりついたドバシを、ニンジャが殺しに来たのだ。きっと二度目もあるだろう。またあの「暴力」にドバシは晒される。あのニンジャだけではない、他のニンジャも……「オボボッ」彼は考えを打ち切った。


 このネオサイタマにどれほどのニンジャが潜んでいるのか。オバケの群れに遭遇した気分になったドバシは、通行人の影に紛れながら、その者たちについて考えずにはいられない。首が四つあるニンジャ、女ニンジャ……物事が彼の思考を越えているとはいえ、考えずにはいられない。


 だから彼がヤクザの肩にぶつかった時も、ドバシは未だニンジャについて考えていた。「アッコラー?」まだ若いオールバックがドバシを睨むと、脇にいたもう二人のヤクザが彼を囲んだ。「挨拶も無しかオラー!」「スッゾオラー!」周りの通行人が離れてゆく。チャメシ・インシデント。


「ゴメンナサイ」ドバシは半ば習慣になったドゲザを行い、ポケット内のトークンを差し出した。若いヤクザがそれを奪い取ると、改めてドバシの腹にサイドキック! 非道!「グワーッ!」吹き飛ぶドバシ! 転がる彼を見て笑うヤクザ! PVCコートに身を包む通行人は平然顔で去っていく。


「ちょっとトークン足りないんじゃねえの?」ヤクザが転がるドバシを強化革靴で蹴り飛ばす!「囲んで棒で叩け!」繰り広げられる一方的な暴力行為! ナムアミダブツ! だがドバシの頭は、どこか冷めていた。さっきのニンジャに比べたら、随分とこいつらのサイドキックは痛くない。


 この暴力は先ほどではない。あのニンジャのサイドキックは痛かった。体が崩折れて、抵抗する力すら消え失せてしまうものだ。あれと比べればヤクザのそれなどアカチャンのそれだ。軟すぎる。


 ドバシの体は衰えていたが、冷静に見てみると案外ヤクザの動きは鈍い。だから革靴を鷲掴みにできたし、「ナ、ナンオラー?」と狼狽したヤクザの足をひっくり返すことも簡単だった。「エッ」状況を図りかねた他のヤクザに向かってドバシがサイドキック! ブルズアイ!


「グワーッ!」吹き飛ぶヤクザ!「ザッケンナコラグワーッ!」もう一人にもサイドキック! 吹っ飛んだ! 勢いに乗ったドバシは転がっていた鉄パイプを掴むと、頭から転んで起き上がれない若いヤクザを殴る! 殴る!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!?」「ダッテメッコラグワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」やがて殴り続けた一人の頭が砕ける! 血と脳が流れ落ちた! 死! ナムアミダブツ!


「オイ貴様何をしている! 御用!」遠くからやってくるのはマッポだ! だが遅すぎる! 怯えたヤクザを鉄パイプで威嚇すると、ドバシは叫んだ!「ザッケンナコラーッ!」清々しい! 人を殺すことがこんなに爽快とは! 自分で振るう暴力がこんなに気持ち良いとは!


「こちらトコシマ区、殺人事件です。応援を……待てーッ!」「フハハハハハ!」ドバシは走る! 鉄パイプを抱えながら走る! 人の群れをかき分けやがて路地へ! 怖くない! ニンジャに比べたら非ニンジャなどまさしく屑!「アハハハハ! ハハ! ヒヒハハハハハ!」


 ドバシは笑い声に包まれて走った。やがてマッポを撒いてもなお、彼の笑い声はいつまでも止まなかった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 マルチプルは裏路地の一角に座り込んでいた。繁華街にほど近い場所であるが、他のヨタモノは寄付いていない。臨時で拵えた隠れ家にしては上出来だろう。彼はニンジャ治癒力で先日の傷を癒していた。裂傷打撲含めて二十カ所近い。スレイされなかったのは奇跡でもあった。


 彼は首の一つに監視を任せながら煩悶を重ねていた……何故ニンジャスレイヤーと名乗ったあの者は、ニンジャであるのにイモータルを狩るのか。それに答えるのは数時間前に胸に突き出た顔の一つだ。それは狂と名乗り、俺自身は正常だがな、と吐き捨てるように付け足した。


(((だからサー……お前らが弛んでるからニンジャスレイヤーに殺られかけたんだろォー……アッコラー?)))狂の言動に反論は出ない。事実だからだ。他の人格らは目線を交わしたまま動かない。狂は舌打ちした。(((なんとか言え! 腰抜け!)))


(((だがどうしてイモータル同士で殺しあう!)))怒が怒声と共に口にすると、他の首たちが賛同した。狂はそれを鼻で笑う。(((そんなのはマッポー・アポカリプスだからに決まってンだろー。現実見ろや)))同時に狂は考えた。ダメだこいつらは、クズ理想論ばかり唱えている。


 狂の思考に他の首たちは怒りを顕にしたが、だが指摘も事実であった。歪と寄せ集めから生じた物でも、ニンジャ概念そのものに到達できること……純粋ニンジャへの回帰……それがマルチプルの本懐であった。自身が歪で正しくない存在であることを、彼が一番よく知っている。


 純粋ニンジャ……ニンジャとしての高みに上り詰めることこそが、自分の歪さを矯正する唯一の道であることを彼は体得していた。ニンジャソウルがそう呟くからだ。だからそのために彼はニンジャについて考え調べ、ドバシのような非ニンジャにも注目した。


 奴がニンポと呼ぶ馬鹿らしい代物でも、純粋ニンジャの片鱗が混ざっているかどうか気になったのだ。だが結果はニンジャスレイヤー……何故他のニンジャが邪魔をするのか? エーリアスとは? 産まれたばかりのマルチプルには理解できない。


 彼は無垢でもあり無知だ。ネオサイタマの現況を、アマクダリ・セクトが支配しバウンティや野良ニンジャが欲望のままに生きる現実を理解できない。それを唯一知り、知悉するからこそ他首から狂気と断じられる狂が一喝しようとしたその時、首の一つが警告を発した。


「クセモノダー!」低い警告音を聞きつけた人格たちはニューロンから現実へと帰還! 発達したニンジャ第六感で不審人物を探知……その数は二。いずれもニンジャだ。マルチプルは舌打ちした。ここに来る者などマルチプルに用があるとしか思えない。ニンジャスレイヤーのクランか。


 まずは先手を打つ……!「イヤーッ!」マルチプルが隠れ家から一挙に跳躍し裏路地を突き進むニンジャの前に現れる! 先制アイサツ!「ドーモ、マルチプルです」一人がマルチプルの外貌に面食らっている間にもう一人がオジギ。「ドーモ、マルチプル=サン、アサルトシールドです」


「マチェテです」もう一人がアイサツをする。「探したぜマルチプル=サン、お前サンも随分暴れたじゃないの。ここらで潮時だ」背中の大盾を前面に押したてたアサルトシールドが口にする。盾の前面には無数の針!「首級を持ってきゃ懸賞金! つーか首多すぎ!」


「懸賞金だと?」主が眉を潜めるが狂が笑う!「当たり前だ! そろそろアマクダリもお怒りなんだとよ! シャキっとしろよカス!」「ダマラッシェー!」怒が応酬! 怪訝な顔をしたニンジャ二人は、しかし取るに足らずと見てアサルトシールドが突撃!


「イヤーッ!」巨体に似合わない敏捷さ! しかしマルチプルは跳躍回避! バウンティらに向けてスリケン投擲!「イヤーッ!」マチェテが得物で叩き落すが、既にマルチプルは二人の背後だ!「殺そう食おう! イヤーッ!」小太刀とマチェーテの鍔迫り合い!


 BLAMBLAMBLAM! アサルトシールドが背後からサイドアームで銃撃!「俺に当てるなよテメェ!」「いいからちゃんと! やれ!」BLAMBLAM! しかしマルチプルの首たちは銃撃を意に介さない! ナムアミダブツ! 口で受け止めている!


「GRRR……!」マルチプルが唸る! そして小太刀を構えた両腕の下から、第三、第四の腕が生える!「ファック!?」マチェテがニンジャ膂力を発揮して小太刀を押し返すが、既に遅い!「イヤーッ!」「グワーッ!」巨大なヘビーアームがマチェテを横殴り!


 壁に叩きつけられるマチェテ!「相棒ッグワーッ!」アナヤ! 盾を無視したヘビーアームの一撃がアサルトシールドを襲う! 手は穴だらけだがマルチプルは無視! 右ストレート!「グワーッ!」 左ストレート!「グワーッ!」盾ごとの衝撃にニンジャが怯む!


「ザッケンナコラグワーッ!」ショックから回復したマチェテの腹部に小太刀投擲! ZDOM! ワザマエ!「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」アサルトシールドの得物自体が彼を襲う! 立ち直る暇がない!


「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「アバーッ!」囲んで棒で叩くような衝撃! 既に朦朧としたニンジャをヘビーアームが盾ごと圧殺!「サヨナラ!」アサルトシールドは爆発四散!「テメェーッ!」


 激高するマチェテの顔面を殴りつけるマルチプル! アナヤ! 血の涙が彼の顔面を覆う!「何故!」「ニンジャが!」「仲間割れを!」「アババーッ!」「許せん!」「狂っている!」「ファック!」今や全ての顔面が唱和する! コワイ! 狂が血走った眼をニンジャに向ける!


「お前も俺たちになれェーッ!」もがくマチェテの顔面を拳で乱打! 乱打! すり潰す!「サヨナラ!」マチェテが爆発四散!「オボボーッ!」マルチプルは嘔吐! ナムサン! ニンジャでありながらニンジャと戦うアンビバレントに耐えられなくなったのだ!


(((だから言っただろう、俺たちはもう逃げられないのさ……)))(((黙れ!)))主は叫ぶがその声は子どものそれに等しい。(((黙れ……!)))やがてマルチプルは顔を覆って泣き、狂だけがそれを鼻で笑っていた。


 やがてマルチプルは立ち上がると、ゆっくりとニンジャの残骸を食い始めた。もっともっとカラテが必要だ。どれほどあっても足りない。


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「連続殺人事件、か」暗黒非合法探偵フジキド・ケンジは腕組みをした。そこは簡素な部屋であった。チャブにはマッポの無線を盗聴するための非合法特製無線機、壁際にはマネキネコにUNIXなどがあり、そして対面の訪問者にはチャと茶菓子が出されている。


 そこに座るエーリアス・ディクタスはチャを一口啜った。苦々しい顔つきになる。「そうなんだよ。もう五件目だ。ただ、相手はヤクザだし凶器も多分鉄パイプだろうってマッポは考えてる。包囲網を張ってるらしくて、もう少しで捕まりそうだって」


「どちらにせよ私が出る幕はあるまい」ニンジャスレイヤーはエーリアスを見つめた。ニンジャの前では赤黒い殺意に光る眼は、今はモータルのそれと変わりがない。「モータル相手ならマッポは優秀だ。直に決着がつくだろう」


「それはそうなんだけどさ……」エーリアスは頬を掻いた。悩んでいる。「そいつ、さ……多分俺が、前に助けた奴なんだよ」探偵が何も言わないので、彼女は続けた。「ほら、前にマルチプルに襲われてた……から。覚えてるだろ?」やや困惑気味のエーリアスに彼は頷いた。


 あの夜、ニンジャスレイヤーはマルチプルとの戦いに臨んだが取り逃がした。劣勢に入るや否やの逃げ足が存外に早かったのだ。アマクダリ・セクトのニンジャも手にかけたようだから奴らに取り入ることはあるまい。おそらく奴は元ヨロシサンだろう。


 サヴァイヴァー・ドージョーに合流でもされれば厄介だ。早めにスレイしなければ……と考えた辺りで、フジキドはエーリアスが黙っていることに気づいた。「どうした」「その、何かな……ちょっと、懸念。心配というか、何というか……ああ、ショックなのかな」


「……」「例えばさ、どこかで俺が知り合った人がいるとする。隣に住んでる奴でも何でもいいや。話をしたぐらいで、他に接点なし。でも、そいつが悪いことをしたって聞いたら……人を殺したって聞いたらさ……そいつの事情があっても……なんか、ショックなんだよな」


 煮え切らないエーリアスであったが、フジキドは頷いた。「ネオサイタマではよくある。ただ、その事件は人間社会での事だ。ニンジャの出る幕はない」ショックを受けたエーリアスも所詮ニンジャで、人の世界から遠い存在だ。そもそも犯人は、彼女がどう感じようが素知らぬ顔だろう。


「……そうだよなあ、俺ももうニンジャだもんな。……難しいな」沈黙していたエーリアスが口にした。フジキドはチャを啜った。「だが途方に暮れたままでは、日が暮れるだけだ。用事が済んだのなら、行動せよ」戸外を示すとエーリアスは力なく立ち上がる。


「何かあったら、呼ぶと良い」エーリアスが反射的に目を向けたが、フジキドは再度チャを啜った。「どの道、一度その者を狙ったのならばニンジャも再度現れるのが道理。私はニンジャを追おう。手に負えなくなったら、再度通知せよ。オヌシはオヌシの線で行け」


 フジキドが言うと、エーリアスは今度は力強く頷いた。そして「オジャマシマシター」とドアから出て行く。フジキドはひとつため息をつくと、チャブに備え付けの無線機の前へと座り、ヘッドセットを持ち上げて盗聴を始めた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ドバシは鼻歌を歌いながら鉄パイプを磨いていた。狭い部屋だ。タタミ三枚ほどの広さだが、強奪した小型UNIXセットとミニ冷蔵庫、そしてフートンを入れればもう一杯になる。彼は最近になって一つ学んだ。手段さえ問わなければ、大抵のものは手に入る。


 この部屋とUNIXは手に入れた一部だ。殺人を犯したヨタモノや浮浪者が逃げこむ場所。こういう場所は多く、まだマッポの手が入っていない。財布にはニンポでは到底得られないほど大量のトークンが入っているが、これは最後に殺したヤクザの手持ちだ。既に五人目。


 そしていずれもモータルだ。だから鉄パイプで頭を殴ると、面白いように倒れる。思い返すとまた面白くなり、イヒヒと笑い声が出てくる。ネオサイタマの地図を広げた。まだマッポの手が入らない所……手頃なヤクザがいそうな所……ニンジャがいない……


 ふっとドバシの顔に暗い影がさした。マルチプルと名乗ったニンジャからは、どうやっても逃げられない。鉄パイプを握る手に力が籠った。おそらくこの凶器より先に、奴のスリケンがドバシの脳天を破壊するだろう。


 どれだけあがいても、暴力を身につけても、所詮はブッダの掌で踊るマジックモンキー……昔の格言が身にしみる。ドバシは苛立ちを覚えた。それにヤクザやネオサイタマのような、組織的な暴力には、個人的な暴力では勝てない。サムライ探偵サイゴなど、所詮フィクション。


 気分転換にUNIXでニュースをチェックしてみると、それなりに紙面を賑わせていた。ヤクザ連続殺人事件……笑わせる。ニンジャがドバシを蹴飛ばしたのと同じだ。人間相手なら本当に楽だ。奴らは枠組みの中で生きているが、こっちはその外で踊っている。


 マルチプル関係もチェックしてみた。それらしい記事は四件ほど。ふと、別種の暗澹たる気持ちが湧いてきた。あの圧倒的なマルチプルでさえ、自分とそう数が変わらないのだ。他にチェックしてみようかと思ったが、IPアドレスを辿られるのが嫌なので閉じた。


 マルチプルでなく、エーリアスが現れたら? ドバシは考えた。彼女もニンジャだろう。ニンジャと対決するなど、そうとしか考えられない。何か凄まじいニンポを使うのだろう……だが……マルチプルよりは御しやすそうだ。だから、その線で対処をしよう。


 まだ冷蔵庫の中にはスシとドリンクが残っている。もう少しここで体力を蓄えながら、状況が変わるのを待とう。鉄パイプを抱きまくらにしてフートンに潜り込もうとすると外からノックがした。無視していると、二度、三度。彼は鉄パイプを握った。


「どちらさまですか」強化ショウジ戸の真横で構えながらドバシは声を出した。キル・アトモスフィアが立ち上る。五人も六人も同じだ。「ちょっと料金のことでお話が……」鉄パイプを構え直した。トークンなど入り口で全額払ったに決まっている。


 マッポがとうとう嗅ぎつけたか?「鍵はしていません。どうぞ」と鉄パイプを振り上げた瞬間、「イヤーッ!」外側からショウジ戸が破壊! 侵入者はドバシのニューロンが知覚するより先に乱入!「イヤーッ!」「グワーッ!」そのまま闖入者はドバシの鉄パイプを迎撃!


「ドーモ、ドバシ=サン。クロスヘアーです」ナムアミダブツ! この者もまたニンジャ!「お前さん、モータルの割にやるじゃねえか。目が完全に殺る系だぜ」「ニンジャ……」再度ニューロンに襲い掛かる絶望! 崩れ落ちるドバシの前に、クロスヘアーは壁めいて立ちはだかった。


「俺はアマクダリだ。ニュースを見てたら、結構骨のある奴がいるじゃねえかとボスが言ってな。スカウトしに来た」クロスヘアーは辺りを見回す。「くっせえなあ。ま、これからお前さんはウチで改造されるわけだからな。別にいいか」クロスヘアーは気安げに口にした。


「改造って……」「良いじゃん、改造人間。新しい計画でな、素体を探してたんだ。お前で第一号。ダメならパーツ」クロスヘアーは楽しげにドバシを指さすが、その瞳は『断れば死ぬ』と語っていた。「やってみろよォ、新しい世界開けるかもしれんぜ」


「だが私は非ニンジャで、浮浪者なんだ。きっと無理だ」「自信持てよ。お前さんの肉体はモータルかもしれんけど、精神は立派なイモータルだ」「私が?」「そうだよ。ノリで五人も殺れるか? お前さんもう人間やめてんだよ。逃げ道なんてないぞ」


「そんな……」「さあさあ問答はオシマイ! 行こうじゃねえか。大丈夫だよ、うまいスシが出るぜ」クロスヘアーはドバシを部屋から連れだし、ニコニコとニンジャの手で肩を叩く。無骨な手だが、人間とそれほど遠くはなさそうだった。クロスヘアーは概要を説明する。


 アマクダリ・セクトからクローンヤクザ……ニンジャ……ドバシの心に暗黒が満ちる。どれほどの邪悪がネオサイタマに満ちているのか。世界の裏側を見せつけられ、ドバシは自分がいかに小さくくだらないものであるかを再認識させられる。


 通路は狭く細長かった。「正直俺はこんな所嫌いだね。もっと広い所が良いんだ。バイオスズメとかグリズリーを狩るのも良い。もちろんモータル狩りもいいけどな! お前もやるだろ?」「いや……」だがドバシの心にある鉄パイプは、常に誰かを殴りたがっていた。


「これでお前さんもアマクダリの一員だな!」クロスヘアーが言った所で、ドバシは通路の入口に誰かが立っているのが見えた。逆光が差している。眩しいが、相手の首が五つあるのがわかった。「イヤーッ!」入り口のニンジャが先制でスリケン!


「イヤーッ!」クロスヘアーはこれをミニボウガンの矢で弾く! タツジン! イアイドーの如き抜き技か、クロスヘアーの両手にあるミニボウガンは逆光を浴びて禍々しい光を放ってそこに在った。隠れ家の入り口に立つマルチプルを、彼が尋常でない眼で睨む。


「ドーモ、マルチプル=サン、クロスヘアーです」先んじてクロスヘアーが挨拶。「ドーモ、クロスヘアー=サン、マルチプルです」マルチプルは小太刀を抜き、「ようようやってくれたじゃねえの失敗作、ウチのニンジャも殺してくれちゃって」ドバシは下がる! 暴風雨のイクサだ!


「私にはニンジャとしての矜持がある! 貴様らこそ何故そのモータルを連れて行く」残りの首が忌々しげに唾を吐く!「こいつはウチで飼う。お前のクソ矜持など知ったこっちゃねえよ。まともに生まれなかったくせして」「黙れ!」怒のマルチプルが一喝!


「静かにして欲しい!」と後ろでショウジ戸が開くが、顔を出した男にクロスヘアーがボウガン射出! 頭部を射抜かれて死!「アイエエエ!」叫ぶドバシ!「私は故意に作られた生命体だ! だからこそニンジャソウルの命に従い、純粋ニンジャとなる! 私はただ、ありのままに生きようとしているだけだ!」


「アーリノーママーニ……ミソージノーヒトーニー……イヒヒヒ」ナムサン! 流行歌となぞらえた高度な嘲り技術! マルチプルの顔面が見る見る紅潮する! 喜の顔面が歯をむき出しにする!「よし殺そう今すぐ殺ろう! まずはこいつら解体してスシにしよう!」


「やッてみやがれ! イヤーッ!」クロスヘアーがボウガンとスリケンを発射! 既にリロード済みのフレームから超高速のスリケンとボウガンが交互襲来! マルチプルは皮一枚で回避するとクロスヘアーに肉薄!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」


 クロスヘアーはミニボウガンを用いたカラテ、そしてマルチプルは小太刀によるカラテで迎撃! マルチプルの横薙ぎをクロスヘアーは受け止め、眼前でボウガン射出! 歯で受け止めるマルチプル! ゴウランガ!「弱敵!」残りの頭部が一斉に吹き矢!「フッフッ!」


 クロスヘアーはそれらをブレーサーでいなす! そして射出済みのボウガンを床に落とし、腰から一つを取り出す!「イヤーッ!」マルチプルによるインターラプト! だがそれはブラフ! ブレーサー内に仕込んでおいた隠し拳銃で射撃! BLAMBLAMBLAM!


「グワーッ!」マルチプルは喜に被弾! 瞳が潰れて血の涙が溢れる! 一瞬乱れたカラテの隙間を縫ってクロスヘアーがリロード!「イヤーッ!」「イヤーッ!」クロスヘアーのカラテを、楽のマルチプルがインターラプト! さながら五対一の様相である!


「どうしたテメェ等だらしねェーなァー! 主導権渡してやってんだからシャキっとしろ!」狂のマルチプルが叫ぶ!「ダマラッシェー!」怒が応戦! 高速化するカラテ! カラテ! カラテ!「自分たちで仲間割れかバカ共ォ!」クロスヘアーが言葉の攻撃!


「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」


 やがて互いのカラテイクサは徐々にクロスヘアーが押していく!「経験不足! ザッケンナコラーッ!」主へのサミングに一瞬怯んだマルチプルに、クロスヘアーがボウガンの鏃を突き刺す!「グワーッ麻痺毒!」腕に突き刺さり血が吹き出す!


「アイエエエ……」破壊者たちの激突にうめくドバシ。他に出口はないか……!? 死した男の財布をかすめ取ると、突き当りの壁へ! あった!「エマージェンシー(入るな)」と書かれた鉄製の扉が、押したら開いた! パーウーパーウー! ショージ戸から男たちが逃げかけて悲鳴を上げる!


「あっオイどこに行く!」「イヤーッ!」「グワーッ!」マルチプルが小太刀で一閃! クロスヘアーを切り裂くが致命傷ならず!「スッゾオラー!」「グワーッ!」一進一退! そしてドバシはサイレンにも背後の戦闘にも構わず逃走! 闇!


(ここにいたらどっちにしろニンジャに捕まる……!)ドバシは小さい穴に体を潜り込ますと、中腰になって通路を走る! やがて曲がりくねった通路を抜けていくと出口! 一気に走り抜けた! ダストシュート横につながっていた駐車場に出たドバシは全力疾走!


「ハァーッ……ハァーッ……!」ドバシはとうとう昼の人混みに紛れ込むが、その途端に向こう側からマッポ! モスキート・ダイビング・トゥ・ペイルファイア!「御用!」「あそこにいるぞ!」マッポたちが追いすがる! 逃げ惑う通行人! ドバシは鉄パイプを握りしめた!


(ここで一人でも多く殺すか……!?)ドバシがヤバレ・カバレに考えた瞬間、「イヤーッ!」高所からマルチプルが飛来! 既に麻痺毒は完治! 真下にいたマッポピーグルが粉々に踏み砕かれて中身ごと破砕!「アバーッ!」


「逃がすかーッ!」マルチプルがスリケン投擲! 当然の如く巻き込まれる通行人!「当然お前ェーは殺す! モータルも殺す! フハハハハハ!」狂が叫ぶがオーバードーズのように眼が血走っている! 五つの殺意全てが己に突き刺さる! コワイ!


「アイエエエ!」「ニンジャ!? ニンジャナンデ!?」「アババーッ!」大惨事! マッポや通行人を巻き込んだ地獄絵図が花開く!「アイエエエ!」マルチプルの周囲にいる者から死んでいく!「助けてーッ!」我先に逃げ出す通行人! マッポも失禁!


「乗りなァ!」乗り捨てられたトラックを運転してきたクロスヘアー! 体はボロボロだが目は爛々としている!「逃げるたァ良い度胸だ! 飛ばすぞォ!」GYAGYAGYAGYA! 疾走するトラックと轢かれる通行人たち!「アハハハハハ!」クロスヘアーは大喜び!


「ハハ……どんどん死んでいく……」つられて笑うドバシ。どんどん世界が狂っていく。「だろ!? モータルだしな! お前もこうなりたいか!?」「なりたくない」「何だってェ!?」「なりたくないです!」「よォしまずは脳改造からだ!」クロスヘアーが笑った瞬間にZDOM! 天井から小太刀!


「逃げられると思ったか匹夫ーッ!」「ザッケンナコラーッ!」ドバシの精神状態は既にヤバレ・カバレ! 窓から乗り出すと鉄パイプでマルチプルを一撃! 喜が陥没!「グワーッ!」「アハハハハ!」クロスヘアーが大笑い!「やれ! もっとやれ殺せェ!」「ウォーッ!」


「調子に乗るなモータル!」「それは貴様だ」「ア?」マルチプルが振り向くと横には並走するバイク! 二台は大通りを抜け、マッポたちの追跡をかわす!「ドーモ、マルチプル=サン。ニンジャスレイヤーです。随分と頭が多いな、ここで根刮ぎにする」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ベイン・オブ・ソウカイヤ! ここでまみえるとはなーッ!」応じたのはクロスヘアー! 車を横滑りさせると、赤黒のモーターサイクルにぶつける! ニンジャスレイヤーはトラックの荷台に飛び移り、モーターオトメは退避!「アマクダリ・セクト、野良ニンジャ、そして殺人鬼……同罪!」


「貴様ら主導権を寄越せェ! 俺がこいつを殺る!」狂のマルチプルが小太刀を振りかざすとニンジャスレイヤーに飛びかかる! カラテ! ニンジャスレイヤーのメンポから蒸気が吹き出す!「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」


「クロスヘアー=サン、ボウガンを貸してくれ!」ドバシが叫ぶと、ハンドルを握るクロスヘアーは渋い顔!「断る! 俺の得物だ!」「鉄パイプじゃ届かない! あの赤黒ニンジャ、あんたにとっちゃマズイんだろ!?」クロスヘアーは笑った。「お前本当にモータルか!? 使えェ!」


 ボウガンを借り受けたドバシは両腕でそれを保持! 大変重い! これを片手で軽々と扱うクロスヘアーの膂力……!「当たれッ!」射出したボウガンはニンジャスレイヤーの首筋をかすめる! ニンジャスレイヤーは相手のカラテを受け流しながらドバシを知覚!


 その瞬間ドバシは、奈落を覗いた。


 これまでドバシは多くの死を、シュラバ・インシデントを見てきた。五十と数年。だがドバシを……モータルの想像を遥かに凌駕した「暴力」が、針先のように陰々とし、太陽のように強大なものが輝いていた。モータルとイモータルにまみれた億兆の屍山血河がそこにある。


「オボボーッ!」ドバシは吐く! ボウガンを持つ手が震え、取り落としそうになる!「どうしたァ!」何も知らないクロスヘアーの声……「イヤーッ!」「イヤーッ!」……重いカラテシャウト……通行人の悲鳴とマッポピーグル……無意味……無駄……視界が歪む。


 もしここで諦めれば……どうなるだろう? 簡単だ。車から飛び降りてマッポピーグルの前に転がる。彼は逮捕されるし怪我もするだろうが、身の安全は保障されるだろう。単なる重犯罪者として収監される。ニンジャからもモータルからも逃げだして。


 その世界にはタノシイもないしカワイイもない。暴力も死体もない。平穏だろう。そこでドバシは市街を逃走しながらたくさん殺したバカとして、他のバカたちと座りながら消滅を待つ。歩きもせずブッダのように眠り、人生をどこまでもやり過ごすのだろう。


 死ぬまで。


「貴様は頭が五つあるくせに矛盾しておるな。四方八方に手を出して私にまで行き着くとは。そろそろ消滅して楽になったらどうだ」ドバシとマルチプルの様子を伺うニンジャスレイヤーがうそぶく。既に彼はドバシを敵視しており、次に動けば躊躇なくスリケンを投擲する。


「我々の良識は貴様とは異なる! 高度な合議制によって目的へと進化し……!?」主の言葉を狂が遮る。「ほざけ糞イモータル、俺たちゃ俺たちのやり方があるんでね」狂は言葉を探しながらもニューロン潜行。潰された喜の反応がない……! ニューロン完全壊滅か。


 死んだ。喜は完全に消えた。ナムアミダブツ。(((俺にやらせろ!)))怒が憤怒をまき散らす。(((だが貴様では……!)))主が口を挟む! ケイオス!(((ダマラッシェー!)))狂が叫ぶと他が黙る!(((俺たちは一心同体だ! 分かってるのか!?)))


(((まずは奴を殺す、そして食う! 生き延びる! それでいいな!?)))(((うるさいうるさい! 新参のお前如きが……!)))食ってかかる主に狂が反撃! ニューロン内での抗争は一瞬足らず、そして狂が主を飲み込んだ!


(((貴様らの眼に俺が狂ってようが、俺は生き延びる! お前らの一部だからな!)))狂の叫びに他感情は黙する。(((黙ってるなら俺が指揮を執る! 行くぞッ!)))マルチプルがニューロン抗争から復帰すると共にニンジャスレイヤーがスリケン投擲!


「イヤーッ!」強靭なムチめいて腕がしなるとスリケンが飛来!「イヤーッ!」マルチプルが弾くと同時に怒と楽が吹き矢を放つ!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーがブリッジ回避と共に肥大化アームが上空から攻撃! 荷台がひしゃげる!


「イヤーッ!」横にすりぬけたニンジャスレイヤーがヤリめいたサイドキック! マルチプルが腕を横に逸らすと瞬時に変化させたフレイルを振り回す!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーは下に回避! だが……!「イヤーッ!」腕を伸び縮みさせたマルチプルが掬い上げ追撃!


「ヌゥ―ッ!」以前よりもカラテの腕が上がっている! ここで確実にスレイしなければ禍根に……!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはマルチプルの腕に乗り上げ瞬時に側転!迫るマルチプルの心臓! 唸るニンジャスレイヤーの右腕! ゴウランガ!


「イヤーッ!」だがニンジャスレイヤーの腕はマルチプルの狂ごと心臓を貫かない! 代わりに腕をドバシの発射したボウガンの矢が掠めており、ニンジャスレイヤーはマルチプルを殺す代わりにスリケンを投擲している! 躊躇無し!


「アイエエエ!」悲鳴を上げるドバシ! だがマルチプルの脇腹から生えた第三の腕がそれをインターラプト! さらに第四の腕も再生成!「ハッハーッやれェ! 俺がカバーする!」狂のマルチプルが小太刀を構えて完全防御!「ウ、ウォーッ!」ボウガンを再装填したドバシが叫ぶ!


「ブッダミット! 死ねッ死ねェーッ!」ドバシがニンジャスレイヤーに射出! 射出! そして壁のようなカラテ!「ヌゥ―ッ!」唸るニンジャスレイヤー! 麻痺毒のせいで動作が鈍い!「ハーハーハ! 畜生俺も殺りてェなッ!」トラックが蛇行して野次馬を轢き殺す!「アバーッ!」


 ナムアミダブツ! モータルとニンジャが協力してのイクサとは……三位一体のように敵は統制が取れており、このままではニンジャスレイヤーでも打開することは困難! 時間をかければモータルの死傷者が増える……! だが!


 ドバシに異変!「グワーッ脳が!」「どうしたドバシ=サン! やられたか!?」「あッ頭……頭が……!」呻いて助手席で丸まるドバシ!「イヤーッ!」カラテ闘争を続けるマルチプルとニンジャスレイヤー。次第にニンジャスレイヤーの目に赤黒い光が……!


 ……一方廃ビル屋上では! そこに陣取るエーリアス・ディクタスがトラックを直視! そして自身のニューロンを集中! 彼女のジツはモータルのドバシを直撃! モータルにジツをかけるなど初! そして皮膚への接触履歴はあっても、直接触れていない状態でのジツなど初!


 全てが賭けでありこれでダメならいよいよナンシー・リーによる電子インターラプトの出番であったが、これが功を奏した! ドバシの頭蓋を通じて彼の脳を若干破壊しつつ、エーリアスは潜行する。無意識にドバシのニューロンを踏み潰しながら彼女はジャックを開始する。


(((オイ、あんた……俺だよ! 何やってんだ! 早く飛び降りろ!)))灰色の脳細胞の中で繰り広げられるジツ会話。(((ザッケンナコラーッ! 私には……俺には……! もう何もない! これしか無いんだ!)))ドバシの叫びに力がない。早くしなければ彼は死ぬ……!


(((だからってこんなことする奴があるか! 止まれ……!)))エーリアスの集中!「グワーッ!」鉄パイプを頭に打ち付けるドバシ!「ブッダミット新手のジツか!」クロスヘアーの声が遠い!(((ブッダファック! ブッダアスホール! もうニンポなんて嫌だ……!)))


 エーリアスは集中を強める! 今すぐ黙らせる!「イヤーッ!」「グワーッ!」悶絶して更に鉄パイプを頭に打ち付けるドバシ! そしてジツを警戒して更にアクセルを踏むクロスヘアーに殴りかかる! エーリアスは困惑! 彼女のオーダーは車から逃げ出すことだけだ……!


「なんだテメェ血迷ったか!」「アマクダリも! マルチプルも! まっぴらだ! 俺は俺のやり方で行く! もうニンポなんて嫌なんだ!」「面倒臭ェ寝てろォ!」片腕カラテのクロスヘアーにもドバシは勝てない。だが彼のボウガンなら……!


 赤い涙を流すドバシはボウガンを持ち主に構えると射出!「グワーッ麻痺毒!」クロスヘアーの足に刺さる!「ウォーッ!」麻痺毒によって動きが鈍いクロスヘアーを押しのけ、ドバシはハンドルを回す!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」四人がバランスを崩す!


 ナ、ナ、ナムアミダブツ! 無慈悲アクセルと無軌道ハンドルによってトラックは転倒! マッポたちは未曾有の大被害によってまだ追撃ならず!「ウォーッモータル共! なぜ邪魔をする!」転倒寸前に車外に飛び出したマルチプルが絶叫!


「貴様こそ、なぜモータルを遮る」同じく脱出を果たしていたニンジャスレイヤーが決断的に近づく! 彼の目にはドス黒い光が! そしてマルチプルの頭部は蠕動しながら動きまわる……!「俺らにはこれしか無えんだよ……! まともに生まれなかったからなァ!」


 マルチプルが更に肥大化! 巨大化した腕はそれぞれフレイル状となり、狂が胸板で泡を拭きながら笑う! 他の首々は巨大な仁王像だ!「ザッケンナコラーッ!」第一の腕が高速回転! 一瞬前までニンジャスレイヤーがいた空間を横薙ぎ! だが彼は既に跳躍済み!


「イヤーッ!」「グワーッ!」ニンジャスレイヤーの決断的なチョップは怒の首を貫いて破壊! マルチプルの首元に着地したニンジャスレイヤーは、さながら不落の山脈に挑むロッククライマーの如く!「貴様の生まれなど関係ない。それはモータルと何の関係もない!」


「ドグサレッガーッ!」狂の叫びと共に残る首が吹き矢射出! 怒を破壊したニンジャスレイヤーをスモトリめいたヘビーアームが襲うが難なく回避! 彼は飛び離れると、メドゥーサめいてうごめくマルチプルに向けて、全身の力を引き絞る!


「イイイヤアアアーッ!」ゴウランガ! おおゴウランガ! ツヨイ・スリケンの複数枚連続投擲で全てのアームが切り飛ばされた!「グワーッ!」マルチプルがたまらず膝をつく! 残る頭部たちが変形して一本の巨大なフレイルに!「貴様も死ねーッ!」


 何というヤバレ・カバレ! だがニンジャスレイヤーはフレイルの攻撃を紙のように回避し、再跳躍!「Wasshoi!」狂のマルチプルをチョップで貫き、内部の心臓を握りつぶす!「サヨナラ!」マルチプルが爆発四散! 首達が各々の方角に吹き飛ばされる!


 ニンジャスレイヤーはザンシンをしたまま、残るトラックへと近づく。あそこにいるのは狂人とアマクダリのニンジャである。すなわち、インタビューだ。ニンジャスレイヤーはカラテ警戒を怠らずにトラックを覗きこむ。……だが不在! 


 後にニンジャスレイヤーはナラクの手を借り、後続マッポと49課の眼を逃れながら半径何キロかをくまなく探しまわった。だがニンジャと狂人の痕跡を発見できなかった。同時にマルチプルの首幾つかが消えていることに気づくが、なぜそれが消えたのかについては推測しかできなかった。


 ヨロシサン研究者でないフジキドには知る由もなかったが、マルチプルは複数のニンジャソウルを寄せ集めて合成して作り上げた、キマイラめいたニンジャであった。首の一つ一つに曖昧なニンジャソウルが封印された肉体は、しかしそのファジーさのせいで陽の目を見なかった。


 また彼が知らない点がもう一つあったが、それはマルチプルの各々の首に残留したニンジャソウルが、未だ生存していたという点であった。だが飢えを待つ浮浪者のようにやがてそれらニンジャソウルも消えるはず……であった。後にニンジャソウルは消滅し、フジキドの心残りは消えた。


 所詮、消滅への道のりが忌まわしいものであったに過ぎない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ゴリ……ゴリ……削る音がする。鬱々とした部屋の中に音が響く。「ン……」クロスヘアーが目を覚ます。彼は自分が戦いの最中にあったことを思い出して起き上がろうとするが、立てない。麻痺毒が未だ続いていることに彼は気づいていない。


 そして驚く。足から腰を……腕に至るまでを締め付ける拘束具を見て。その場所がドバシが隠れていた秘匿建物の一つであること、拘束具が備え付けの備品であることにクロスヘアーは気づかない。無線機も武器も全て外されている。彼は舌打ちした。


 そしてクロスヘアーは見た。背を向けてチャブの前に座るドバシ。「おいドバシ=サン、ちょっと説明を、」と言うとゴリリと削る音が途切れた。それはクロスヘアーを見て……久方ぶりにニンジャは、自身が恐怖と無縁であったことを、這い登ってきた感情を見て感じ取った。


 ドバシは削りを終え、何かを口に運んでいた。食っているのは……ニンジャの皮! 横に転がるのはマルチプルだったものの頭部が複数! 落ちた脳漿! 怒と主! ナ、ナ、ナムアミダブツ! カニバリズムの顕現もまた、古事記に予言されたマッポーの一側面なのか!? コワイ!


「ア……もう効力なくなりましたか。ニンジャは、やっぱり回復が早いですね」彼は腹が膨れた者特有の余裕綽々な声で立ち上がる。ドバシの眼からは延々と血涙が流れているが、既に涙は黄色く変色しはじめている。イヒヒと理性をなくした声で彼は笑った。


「また麻痺させましょう。あなたの毒は、とても便利だ」ブッダ! 薬物も鏃もドバシの手の中! クロスヘアーは全力で拘束具に抗ったが、減衰した腕力でこれを吹き飛ばすのは無理だった。クロスヘアーのカラテは得物を手にとった時に発揮されるのだ。


「テメェ……何してるか分かってンのか?」少しでも時間を稼ぐためにクロスヘアーは問いを続行する。彼は口を湿らせた。「ンなことしてもマズイだけだ。それに俺を殺したら、もうアマクダリには入れんぞ。逆にだな、そのマルチプルの首を持っていけば報奨金ももらえる」


 既にクロスヘアーの中でドバシは戦力外だ。狂人を入れる組織ではないし、かえって彼がセプクさせられかねない。殺す算段を固めたクロスヘアーの下腹部にZDOM! 彼の持つ鏃が刺突!「グワーッ麻痺毒!」ニンジャは悶える!


「組織に入ったって、体よく壊されてサヨナラですよ。ずっと昔に私は学びました。だからですね、とりあえずニンジャになることにしました。独り立ちです」「モータルが何をほざく……!」「新しい世界が開けるじゃないですかァ」ドバシは笑った。


「それでですねえ、マルチプル=サンは食べて強くなってたじゃないですか。ありますよねえ、非常に明るいボンボリの真ん前はかえって見にくい。だから実践しますよ。最初はあなたから取り込むことにしました。食います。これで俺も暴力だ!」


 ドバシの平坦な物言いによってクロスヘアーは恐怖! マルチプルを取り込んだドバシは既に半イモータルとなりかかっており、その形相は狂のそれと変わりない!「俺も殺すつもりか! ヤメロー! ヤメロー!」このままでは全身麻痺! 形振り構わないクロスヘアーがもがく!


「イヤーッ!」残る鏃をドバシはクロスヘアーの上半身に突き立てる! ZDOM!「グワーッ!」視界が混濁するクロスヘアーに映るのは、非人間的様相を帯び始めたドバシの姿。奇妙に膨らんだメンポ、でっぷりと目覚める前よりも太った顎、肥満……そしてイモータル。


「せめて……せめてハイクを……」クロスヘアーは呻いて、生涯初となる懇願をした。ドバシだった者は力のない笑みを浮かべると、今度は眠り薬入りの鏃をニンジャの足に突き刺した。二十時間後、生きながら食され解体されたニンジャは密やかに爆発四散することになる。


 その頃にドバシはもはや人ですらなく、マルチプルとクロスヘアーのニンジャソウル残骸を強制的に取り込んだ、モータルでもイモータルでもない、何か名状し難いものに成り果てていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 高架下を歩むエーリアスの足取りは重い。ウシミツ・アワー。以前この場所を通りがかった際の物品は既に持ち去られて久しい。ここでエーリアスはニンジャに襲われる浮浪者を助けた。名前は、多分ドバシ。後で新聞に出た。今もまだ新聞に出ている。


 彼は実際……どれくらいの人を殺したのか。新聞ではヤクザ殺しも通り魔も、今日まで続いている殺人事件も全て混同してまとめられていた。手口や状況のせいか、あるいはニンジャとモータルの犯罪に違いなどないのだろうか。エーリアスは何度目か分からないため息をついた。


 粘性のフートンもトークンの残滓も、とっくにどこかに消え失せた。エーリアスは買ったサケを袋から取り出すと、浮浪者がいた場所に置いた。はなむけだろうか? いかにもそれらしい。あのインシデントで浮浪者は死んだ。もう他の犠牲者と同じく、ブッダと同じ場所にいる。


 そう考えればつじつまが合う。それでいいじゃないか。(((もうニンポなんて嫌なんだ……!)))彼の絶叫を思い出す。フジキドの推測では、おそらく用済みになった彼はニンジャに殺されたか、それに近い事態になっただろうと言うことだ。


 だが、本当にそうなのか。言葉にすれば呆れるほどバカバカしく、そして虚しくもおぞましいものがこの地下に広がっている気がする。だがエーリアスは探偵でも学者でもない。そしてフジキドは既に浮浪者捜索を打ち切ってニンジャ狩りに戻った。全ては推測だ。


 今夜も重金属酸性雨が降り注ぐネオサイタマの向こう、何かが蠢いた。巨大なボールのようであった。転がりつつ時に跳ねながら、異形化したバレーボールのようなそれはゆっくりとエーリアスに近づいてくる。BOMBOMと音が聞こえる。


 推測だった。行動しなければ、推測で終わったのだ。


「ドーモ、カニバーです」「ドーモ、カニバー=サン、エーリアスです」アイサツを行いながら、エーリアスの中に薄白い靄が通り抜けた。「やっぱアンタだったのか」エーリアスの声色は暗い。「なんでそんなことになっちまったんだ?」


「アー……したかったからですよ、これを」不定形なボールの中から人声。球形のプール内に浮かぶ人のイメージ。「暴力とニンジャはおいしいしタノシイで、私は気分が楽なんですいつも。実はニンポじゃないんですね。ジツなんですね」イヒヒと余裕綽々の笑い声がする。


 彼の変貌ぶりにエーリアスは言葉を失った。口を開く前に彼が続けた。「もう誰も私を踏みつけにしないんですよ。私が踏みつけにするんですよ! イイじゃないですか。たくさんの死と暴力が世界に満ちている。私はそれらを食べますし、一緒に棒で叩くんですよ!」


「多分、俺が原因だろう」エーリアスは言った。「俺のジツであんたのニューロンをいじったから、あんたはおかしくなった。その前にもニンジャに狙われたり色々あっただろう。あんたの人生無茶苦茶だっただろう。だけど俺のジツのせいだ。絶対そうだ。だから、最後には俺がいなきゃ」


 エーリアスは決断的にカニバーに歩み寄る。「いいんですかそれで? あなたカラテ弱いでしょ? 私たくさん食べたから強いですよ? 食べてイイんですよね? イヤーッ!」突如としてマリのように跳ね上がるカニバー! 弾力性!「イタダキマス!」


「イヤーッ!」それを横からインターラプト! キックがカニバーの側面に激突し、ボールは跳ね飛ばされる! サケが倒れる!「効果なしか」ニンジャスレイヤーは落ち着いた口調。「ドーモ、ニンジャスレイヤー=サン、カニバーです」カニバーが遠くから転げまわりながらアイサツする。


「ドーモ、カニバー=サン、ニンジャスレイヤーです。イヤーッ!」ニンジャスレイヤーはムチめいて腕をしならせスリケン投擲!「イヤーッ!」カニバー内部に小型の穴が開くと鏃が射出して迎撃! クロスヘアーの物らしきボウガンは肉色!「あんたもイタダキマス!」


「悪食め」ニンジャスレイヤーは吐き捨てカラテ攻撃に挑む!「イヤーッ!」「イヤーッ!」カニバーはボール内から伸びた腕で弾く!「イヤーッ!」ニンジャスレイヤーのヤリめいたサイドキック!「グワーッ!」カニバーは後ろに飛ばされるが効果がない! 肉壁バリア!


「イタダキマス!」シャウトと同時に突撃するカニバー!「グワーッ!」ニンジャスレイヤーは咄嗟に身を捩るが回避前にボールが軌道変化!中のニンジャが慣性を変化させている! 激突したニンジャスレイヤーの真上にボールがのしかかる! ナムアミダブツ!


「クソッタレ!」ボールが止まった隙をついてエーリアスが突撃してグラップ! 背後からカニバーを鷲掴みにする!「グワーッ!」カニバーは呻くが、肉壁はそれ自体が意思を持ったようにニンジャスレイヤーに絡む! それを防ぐ殺戮者!


(((これが最後だ、もうやめてくれ……!)))エーリアスがニューロン内に潜入! だがどこまでも底は深く……そして、カニバーとは毛色の違うものが混ざっている。ところどころに色違いのフィルムの如く挟まれる他人の声! 記憶!


 アナヤ! これは他者を食ったカニバーならではの混沌空間! エーリアスは潜行を続ける。(((ザッケンナコラーッ!)))どこかで男の怒声が……悲鳴が……打ちひしがれる……落ちる……諦める……果てのない闇……闇……トークン……


 これがカニバーの前半部であったことにエーリアスは気づく。彼女がカニバーだったものの脳を破壊する前の出来事、彼を苦しめ、浮浪者に貶めた出来事の全てが……あらゆる事が……(((人の傷を見てタノシイですか?)))憤怒と共にカニバーが出現!


 彼のニューロン内での姿は……ナムアミダブツ、かつてエーリアスが手を掴んだドバシそのものであった。ローカル・コトダマ空間内は人が悪夢に見るジゴクそのものであった。(((全然楽しくないね。それに、今から俺はあんたをここでスレイしなきゃならない。これも楽しくない)))


(((そうかい、なら私はアンタを食うよ)))ドバシの周りにかつてマルチプルとして、そしてクロスヘアーやその他ニンジャとして残った者たちの首が浮かぶ! 高速接近!(((イヤーッ!)))エーリアスのカラテ!(((クソ、こういう所じゃ絶好調だな)))

 
 苦痛に歪む首たちをところどころ撃ち落しながらエーリアスが肉薄する! 鉄パイプを振り下ろすカニバーを回避するとカラテストレート! 腕がカニバー内部へ潜る!(((グワーッ!)))カニバーは叫ぶが、エーリアスを睨む瞳はあくまでも冷たく濁っている。


(((本当に私を殺すのか。命を助けた私を! 哀れな浮浪者を!)))カニバーの声は居丈高に挑みかかる者のそれだ。エーリアスはもはや答えない。カニバーは痛みなどないかのように鼻で笑う。(((情にほだされるかと思ったが、やはりニンジャだな)))


(((俺はな)))エーリアスは自身もまた赫怒に満ちた声で言う。(((俺はもうニンジャだよ。血も涙もないイモータルだ。福祉職員でもボランティアでもない。だからな、手が届く奴だけをな、助けられる奴だけを助けるんだ! あんたはもうねじ曲がってる……!)))カニバーの空間に怒色が満ちる!


(((何が私をねじ曲げたと思って……!)))(((あんたみたいに落ちぶれても曲がらないでいる奴はたくさんいるさ! 甘ったれんな!)))かつてエーリアスが出会った人々が、ネオサイタマの人々のイメージがカニバー空間に拡散。彼は黙った。コトダマ同士がリンクする。


 既に勝敗は決している。直にエーリアスが全ての主導権を得る。ケオス空間が収束する。(((あんたのニンポ、楽しかったよ)))最後にエーリアスは呟いた。カニバーの顔面に亀裂が走る。(((もう一度、見たかったな)))(((アンタ……!)))


 ニューロンジャックは成功し、カニバーだった者はニンジャスレイヤーから離れると、ザンシンする殺戮者の前で己の皮膚を剥ぎ始めた。服を脱ぐようにそれにはためらいがなかった。おぞましい肉色が音を立てて剥がれていき、湯気とともに中身が顕になる。無言。


 やがて何重もの防壁が破られて後、カニバーの本体が姿を表した。溶け残った残骸の如き形にドバシを想起させる材料は何もない。エーリアスのログアウトを確認してから、「イヤーッ!」殺戮者のチョップが残骸の首を跳ね飛ばす!「サヨナラ!」カニバーは爆発四散!


 ニンジャは四散する姿でさえ異常であった。肉が盛り上がったと思うと液状としか言い様のない爆発が起こる。水面に泡が弾けるかの如く、GBOMGBOMGBOM……カニバーに取り込まれたニンジャソウルの残骸が、改めて爆発しているのだ。


 少しして意識を取り戻したエーリアスは吐き気に辟易しながら起き上がった。サケを直す。「終わったか」「ああ。終わった」ニンジャスレイヤーはザンシンを解き、その言動は静かだった。「結局、ゼンブ無駄だったな」「……」


「俺が助けた奴は死んだ、関係ない奴も死んだ、大勢巻き込まれた」「……」「ニンジャの世界は……本当に……やり切れないな、ブッダ」エーリアスは溜息をついた。「だがニンジャはスレイした」フジキドはニンジャ装束から探偵装束に着替え始めている。


「私はすべき事をした、オヌシもすべき事をした。今はそれで良いではないか」上空をバイオカラスが舞い始めた。やがてそれらはカニバーの屍肉を啄むだろう。「そうだな」エーリアスは呟き、考えた。(((だから俺は、助けられる奴だけ助ける……これからも)))


「今日は思いっきりスシを握りたい気分なんだ。これから作らせてもらってもいいか?」「いいだろう。サケは私が奢る」「じゃあ買い出しはアンタに任せるよ」「銘柄は」……


 やがて二人は高架下から姿を消した。再びサケは風に転び、やがて闇に消えた。高架下には新しい者が住み着き、新しい事を始めるのだろう。


「モータル・アンド・イモータル」終わり
復路鵜
2013年09月13日(金) 08時58分23秒 公開
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■作者からのメッセージ
最初はトークン不足に悩むブラックヘイズ=サンがフェイタル=サンにナチュラルネコミミヘアーを命じて大儲けする話を作る積りだったんですが、どこでこうなったんでしょうね?
読んで頂きありがとうございます。

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