名前も知らない洋菓子で
twitter企画『深夜の艦これSS60分勝負』にて、投稿したSSの再加工版となります。
テーマ:洋菓子
登場キャラ:村雨 時雨 夕立 間宮
企画についてはこちらからどうぞ:http://mizunanana.web.fc2.com/kancolle.htm
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「はい」とその箱を渡された時雨は、どうすれば良いのか分からなくなって、目の前の間宮を見上げた。割烹着姿の彼女の背丈は時雨より幾分かあって、いつも見上げる形になる。


「これ、なんですか?」


「洋菓子よ。米国直輸入……というか、拿捕した船から押収したって、提督からお聞きしたわ」


「拿捕って……珍しいですね」時雨は首をかしげた。


 基本的に艦娘たちが闘う相手とは、深海棲艦たちである。そして彼女らとの意思疎通は実現された事がなく、かつそうした試みもない……というのが、時雨の知る所であった。彼女自身は戦闘練度上昇のために第一艦隊で何度も戦闘に加わったが、深海棲艦らが降伏しただの、もしくはコミュニケートを取ったなどの体験は全くない。こちらが轟沈するか、相手を撃沈するまで戦闘は続く。それが彼女たちが身をおいている世界のルールでもあった。そもそもあの船たちに、人語を解する者などいるのだろうか。


「詳しくは私も知らないけれどね……箱は、調べてみた限りでは、怪しいものはなさそう。案外、別地域の交流で、個人的に提督が頂いたものかもしれないわね。あの人、甘いもの苦手だし」
 間宮が頬に手を当てると、時雨も「そうですね」と返した。


 彼女らが所属する鎮守府の提督は、確かに無骨な感じの男性で、お茶うけにはいつも煎餅など、固いものをかじっている。そんな彼がおいしそうに甘いイチゴやミカンを頬張る姿は、時雨にはちょっと想像できない。箱を見下ろすと、もう甘い香りが漂ってきそうだった。


「でも、どうして僕に? 今日の出撃で一番活躍した艦は、金剛さんですけれど」
 時雨は口にする。言ったついでに彼女がやってくるかと見回すが、ここは間宮の務める彼女専用のキッチンだ。たまたま立ち話にやってきた時雨以外には誰の姿もなく、視界の遠くで鍋が静かに湯気を立てている。


 時雨はさきほどまで出撃任務を担当しており、数時間前に帰ってきてからは、工廠にこもって装備の改修に勤しんでいた。間宮の所に立ち寄ったのは、今日の夕食メニューは何か尋ねようとしての事だった。


「むしろ、これからも頑張って欲しい、って言う意思表示なんじゃないかしら。提督からのね」
 最近は毎日頑張ってるみたいだし、と間宮は時雨の頬を撫でた。この間の陸上演習の時に、転んでついた傷跡を隠すための絆創膏が張られてある。最近の練度調整によって時雨には多数の出撃機会が与えられている――が、彼女の練度は、艦隊第一位の金剛にははるかに及ばない。そもそも駆逐艦と戦艦の戦闘様相に埋めようのない差があるのは当然だが、時雨はたまにそれが、やや恨めしくなる。


「でも……」


「いいから、年上のご好意は受け取りなさい」
 ね、という顔で間宮が念押しする。戦いに年なんて関係ないよ、と言いそうになった彼女の胸に、更に箱が押し付けられた。そのまま後ろを向かされ、時雨は台所から押し出される形となった。後で味の感想聞かせてね、という声が後ろでして、扉がしまる。


 結局、お菓子の名前が何なのか訊けず仕舞いだった。




 見かけに反して軽い箱を抱えた時雨は仕方なく辺りをうろつき回った。今日の出撃と補給は終わり、そして日課の装備改修はさきほど終わってしまった。つまりもうすることがない。個人トレーニングや砲撃の練習など、できることは色々とありそうだった――胸で人肌を感じさせるお菓子の箱さえなければ。自室に置いておこうか……と考えた時雨は、同室の白露が箱を持ち出したり、食べさせろとせがむ様子を想像し、なんとなく部屋に戻る気が失せた。別に白露が嫌いなわけではないが、誰かに会うのが、今はひどく億劫なのだ。あてど無く時雨は、作業妖精や他の艦娘たちが歩きまわる鎮守府を徘徊する。見かけた重巡洋艦や戦艦に挨拶を返すが、手の箱について訊いた人は誰もいなかった。


 そうして辿り着いたのが鎮守府裏の小高い丘であった。草はらに覆われた坂道を登ると木々があり、枝葉が日の光から時雨を守り、空には雲一つない。晴れ渡っている――雨が振りそうな気配など、どこにもない。春先を吹き抜ける風が、歩きまわって少し汗をかいた彼女の肌に心地よかった。手持ち無沙汰な心地で時雨は草の上に座ると、菓子箱を開けてみることにした。


 影のコントラストの中で現れたのは、丸い、六つのパンのようなものたちであった。丁寧に包装を解いて、色紙を取り外す。すると箱の中から、小麦粉にまぶされた、甘やかな砂糖の香りが鼻にやってくるようだった。名前も知らないそれを持ち上げると、彼女は匂いを嗅いでみた。スンスン、と目の前で音を立ててみると、頭の奥に香りが響いて不思議な感じがする。普段の時雨は間食をしないし、洋菓子にも明るくない。そもそも彼女にはそれを食べた記憶すらない。この鎮守府で彼女が生まれてから(自分の由来をこう考えて良いのか、いつも時雨は戸惑う――他の子も、きっとそうだろう)、彼女がここで過ごした短い時間、ここから出る時は、戦闘に向かうかあるいは演習、もしくは依頼されたお使い――護送任務や警備任務などだ。外に街があるのかないのかわからない。たまにやってくる食材や物資運搬のトラックが、鎮守府と外界を結ぶ物だ。


 よく考えたら、自分は暇をつぶしたり、退屈しのぎに遊んだりした事がない。それを考えると、どことなく虚しい。別に悪いことをしているわけではないのに、何か後ろめたい気分になる。


 時雨はひとくちにパンを食べてしまおうか、と思ったが、やっぱりやめて箱に戻した。紙もパンの上に乗せて、まだ未開封という事にした。なんだか、食べるのがもったいない――というか、自分にこれを食べる資格があるのかな、とすら思ってしまったのだ。


 どうして僕はここにいるんだろう……


 空を仰ぎながら考えた、そしてそれが初めてでない、疑問。鎮守府で生まれ、与えられた装備。出撃任務。帰ると補給し、若干時間を置いてまた出撃。ただ、やはり駆逐艦タイプの時雨よりも戦艦や空母のような人材が鎮守府では必要とされているらしく、時雨の出撃頻度はそれほど多くなかった……だからこそ、今この時に彼女の訓練アルゴリズムが回ってきたのかもしれない。訓練、戦闘、演習。それらを思うと何故かため息がもれて、箱をつかむ手に汗が滲んだ。ひどく心がモヤモヤする。前々からあった疑問、晴れない心。時雨の心はいつも雨が降っているかのように、仄暗い。雨は嫌いではない。けれど、こうした心境の時、たまにそれが辛くなる。濡れた手足、濡れた服が体にへばりつく感触。うずくまったまま、二度と動けなさそうに感じてしまう。


 どうして間宮さんは僕に菓子箱をくれたんだろう?


 僕がこれを食べてもいいんだろうか?


 そもそもこれはお菓子なんだろうか?


 僕より頑張っている人に食べさせたほうがいいんじゃないだろうか?


 いっそ誰かにこれを押し付けちゃえばいいんじゃないか?


 でもそれだと、間宮さんの考えに背くことになるんじゃないか……?


 疑問と鬱屈の感じが大きくなって、時雨を包み込みそうになった。彼女は首を振った――変な事で悩み過ぎちゃいけない。ここがどこで、今がいつであっても、時雨は時雨なのだ。気分を変えるために場所を動こうとした彼女は、鎮守府からこっちに上がってくる二つの頭に気づいた。


「村雨、夕立」


 時雨に呼ばれた二人は、顔を上げると彼女を認めて思いっきり手を振った。
「おーい、時雨ーっ」と村雨が叫び、夕立が声もなく思いきりこっちに走り寄って来る。その様はなんだか犬っぽくておかしかった。二人の手にはラケットみたいなものが握られていて、おそらくここで運動でもしようとしたのだろう、と時雨に思わせた。背中の艤装も外されていて、その動きは飄々としている。一緒に出撃していた二人だ、日課を終えると同時に艤装を部屋に置き、ここまで走ってきたに違いない。


「時雨じゃーん、何やってるの? 昼寝っぽい?」
 夕立が時雨に飛びついて、彼女の周りをぐるぐるまわる。よく夕立がやる仕草の一つだが、夕立がやるととても自然に見える。時雨も一度真似してみようかと思ったが、あまりに恥ずかしくてやめた。


「うん、ちょっとね」


「あ! 何その箱。時雨の?」
 ラケット二つを木に立てかけた村雨が時雨に呼びかける。その声で時雨は、自分が菓子箱を持っていたことをようやく思い出した。


「ああ、これね。うん、間宮さんからもらったんだ。直輸入の洋菓子……だって」


「へー! いいなあ! いいなあ!」夕立の目はキラキラしはじめ、時雨に「食べていい?」と熱い視線を送ってくる。


「ちょっと夕立、それ時雨のなんだから、がっついたら悪いでしょ……だから、一個だけいい?」
 村雨が人差し指いっぽんを立てると、時雨は二人の予想通りの反応にくすりと笑った。多分ここに白露がいたら、彼女もニコニコしながらせがんだに違いない。


「いいよ。僕だけじゃ食べきれないから、みんなで食べよう」
 白露や五月雨に涼風にもあげるから、一人一つね、と村雨が釘を刺す。さっそくパンを二つ掴んでいた夕立がしょんぼり顔になると、一つ時雨に差し出した。さっきは全く食べる気にならなかったが、今は一つぐらいならいいかな、という気分になる。とりあえず上からかじってみると、ほろほろとしたものが口の中でとろける。味はわからないが、おいしそうなものだ、という予感があった。二口食べると、中から甘いものが溢れだした――クリームだ。舌の先でぴりりと甘みが走って、思わず顔がほころんだ。


「おいしー!」
 夕立がモリモリと食べて、なんと三口で食べ終わってしまった。手指についたクリームを嬉しそうになめとっている。村雨は、もっと味わって食べなさい、と言いながらちびちびとつまんでいる。それを横目にした時雨は、もう一口。クリームをなめるように、村雨の言う通り、もう少し味わってみた。甘みは舌の上でとろけていってまったりと快い。口の中でこね回してみると、口からあふれる嬉しさに少し体が震えそうになった。頭の先からつま先まで、全身に温かいものが通って、たまらなくうれしくなる。


 初めて食べるお菓子は、おいしい。


「これ、なんていうんだろうね。名前」と時雨は口を開いた。二人は顔を見合わせたが、やがて首をかしげた。分からない、という意思表示だろう。


「じゃあ私達が名前つけちゃおうよ。甘いお菓子だから……えーと、甘ちゃん!」
 夕立の言葉に村雨と時雨が笑った。大雑把すぎる。夕立がむくれて、じゃあ二人の名前はなに!? と尋ねた。


「ほろほろした感じがおいしいから、ホロッコ」と村雨が言う。


「じゃあ、僕はクリームが中にあるから……シークリーム。ここ、海から近いし」
 おおっ大人の感性だねえと、夕立がよくわからない事をのたまう。時雨に村雨は惜しみながらパンを食べ終わった。三人はラケットにも手を伸ばさず、下に見える大きな鎮守府を、その向こうに見える大洋を眺めた。青い水平線の彼方、あそこの向こうに行くのが、時雨たち艦娘の最終目標なのだろう。戦い続ける艦娘たちの。その先には何があるのだろう。もし戦いがなくなったとして、時雨たちは、どうなるのだろう。このお菓子をまた食べる日は、来るのだろうか。


「……考え事、してた?」
 村雨がぽつりと口を開いて、時雨はなんとなく、ああ見抜かれてたんだなあ、と悟った。


「ん……まあ、ちょっとね。今まで、とか、未来、とか」
 口にした時雨は、あまりに大雑把な言葉に、自分で笑いたくなった。自分の中ではもっと具体的なはずなのに、外に出すといつもつたない。


「まー年頃の女の子は多感期だからねえ、悩むこともあるっぽいねえ」
 訳知り顔の夕立は食べたそうに箱を眺めていたが、やがてごろりと草の上に体を預けた。太るわよ、と村雨が横から口を出し、いー、だ! と彼女が返す。


「うん……このお菓子が、どうやって作られたのかとか、どうやって僕達の所にやってきたんだろうとか、……僕らが、これを食べても、おいしいって言える感覚があるのかな、とか。色々かな」
 二人の顔から笑いが消えて、少し場が静かになった。村雨が自分の髪をすき、夕立は欠伸をした。時雨は唐突に自分が口に出したこと、自分そのものが恥ずかしくなって、なかったことにしようかと口を開きかけた。


 すると村雨が言った。


「他には?」


 え、と時雨は予想外の事に驚いて、どうすればいいのか、分からなくなった。お菓子の箱を押し付けられたみたいに。


「他にも、あるんでしょ? 悩んでることとか、分からない事とか、時雨がもやもやしてる事とか……言ってみなさいな」
 村雨が言った。


 横になっていた夕立が起き上がって、髪を整える。そしてしっかり時雨に向き直った。その生硬い視線に時雨は耐えられないが、だからと言って目を逸らせるものでもない。


「さっきも私達ね、部屋を出てからずっと時雨を探してたの。工廠に間宮さんの台所、執務室まで……一緒に遊ぼうって思ってね。悩んでるみたいだったから、一緒に動き回れば、難しい事は消えてなくなるって……考えたっぽい」
 夕立はそう口にして、しっかりと時雨を見据えた。


「まあ、ここで生まれた存在の私達じゃ、分からないことも多いけどね……提督とか、もっと上の人じゃないと知らない事も多いし」
 村雨が後を継いだ。
「時雨の悩みももっともだと思う。けど……それは、これから少しずつ、私達が考えていく事で、分かってくんじゃないかって思うわ。私達がたくさん出撃して、敵を打倒して……もっと時間が経てば、もっともっとわかっていくこともあるだろうし、それにいろんな所に行けるように、なると思う」
 村雨は髪をいじりながら、ちょっと自信なさげにあっちの方向を向きながら、少しぼそぼそと喋る。


「ま、そういう事だから」
 夕立は箱に手をのばすと、パンを一つ掴みあげた。他の子の分だから食べちゃダメだよ、と言いかけた時雨の口に彼女がパンを突っ込んだ。


 ふんわりした甘さが、時雨の思考を、邪魔した。


「今そんなに悩まなくても、いいっぽい? そんなの後で考えても、いいっぽい? ここにはおいしいお菓子があるんだから、それを食べてパーティするのも、いいんじゃないかしら」
 夕立はえへへと笑い、時雨は口にした分をコクリと飲み込んだ。そして、この分を食べるはずだった艦娘――五月雨か白露、涼風――に、心の中で、ゴメンと告げた。


「そう、だね」
 時雨はためらいがちに口にして、それから、夕立が時雨の口に入れた残りを口に放り込んだ。また箱に手を入れ、残り二つを取り出す。


 食べちゃおうか、三人で。


 こんなにおいしいお菓子なんだから。


 それで、少し――ほんの少しだけでも、疑問を忘れよう。


 時雨がパンを二人に差し出すと、二人は共犯者のようにひそやかに笑い、そろってパンにかぶりついた。


 日差しは今も三人に降り注ぎ、三人の笑い声が小さく木霊する。
復路鵜
2014年02月26日(水) 20時14分28秒 公開
■この作品の著作権は復路鵜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ちなみに正解は、シュークリームでした。
もうちょっと外側を煮詰めれば、もう少し良くなったかなあと思う次第です。

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