【艦これ】未来を、貴方に、我らに(中)
twitter企画『深夜の艦これSS60分勝負』にて、投稿したSSの再加工版となります。
この作品は、上・中・下の《中》の作品になります。
テーマ:反省
登場キャラ:愛宕 高雄 金剛 など
企画についてはこちらからどうぞ:http://mizunanana.web.fc2.com/kancolle.htm
twitter検索は #深夜の艦これSS60分勝負 で、どうぞ!



 帰投直後に高雄は秘書艦辞任を申し出た。心情としては執務室ごと提督を砲撃してしまいたかったのだが、プロトコルによる条件付けは絶対であり、嘔吐と頭痛等の体調不良の反復によってついに高雄は断念した。結局彼女は《作戦に秘書艦である自身の知らない事が含まれており、このままの状態が継続すれば作戦計画に支障をきたす》という、傍目にはよくわからない理由で辞任の書類を提出した。提督は高雄の辞任に苦い顔をしていたが、最終的には折れた。それくらいの自由は認められている。書類は提督によって受け取られ、おそらく何日か後で受理されるだろう。帰還後、記憶に全く残っていない昼間を過ごした高雄は、夜になってから鎮守府付設の居酒屋に入り、潰れるまで日本酒とビールと焼酎とウイスキーをちゃんぽんにして飲んだ。飲んで飲んで飲みまくり、最後に目眩で倒れた高雄を鳳翔が自室まで連れ帰った。高雄は涙と鼻水で汚れきった顔で、艦娘なんかやめてやる、艦娘なんかやめてやるわ、と口にした。三日経ったが、高雄は艦娘をやめなかった。ただ、無力感に苛まれていた。そして無駄の見本のような数日が過ぎ、とうとう高雄は秘書艦を辞任することができた。書類受理を提督は最後まで渋っていたが、高雄との関係修復は不可だと諦めたのか、結局彼女は自由になった。

 そうすると、暇な時間ができた。訓練や演習は相変わらずの頻度で行われていたものの、提督に関する雑事が減るだけで、これほどまで余裕が出来るとは思えなかった。庁舎前のベンチで、自販機で購入した缶コーヒーを啜りながら高雄は、ただぼうっと空を見つめていた。これからどうするべきか、これから自分が何をすべきか。本当に……この鎮守府で、戦うべきなのだろうか。金剛の自爆と共に全てがスッポ抜けて、頭から飛んでいってしまったみたいだった。目を閉じれば燃える海面が、自分が守れなかった金剛の姿がやってくる。瞼の裏で金剛はいつでも泣いているのに、高雄には何もできない。する気力もない。他の艦娘たちはどうだろうか、みんな私と同じように悩んでいるのだろうか――実のない思考に頭を費やしていると、不意に頬に冷たいものを押し付けられ、「ひゃっ」と声が出てしまった。

「あは、引っかかった」
 愛宕だった。いつのまにか後ろに回っていたらしい彼女にむくれる高雄だったが、ごめんごめんと彼女は軽い調子で謝って隣に座った。
「久しぶりね、こうして二人きりになるの。……前の出撃以来かしら」
 そうね、と高雄は頷いた。あの時はそこに《うるさい金剛》が在席していたが、彼女についてはあまり思い出したくなかった。あの炎と爆音を想像するだけで、胸に錐が差し込まれるようだった。それを察したのだろう、愛宕は少し黙った。コーヒーのプルタブを開けると、愛宕はぐいと一口飲む。高雄がラベルを確認すると甘さたっぷりだ。対する高雄のコーヒーはブラック。疲れというのは正直だ。

「どうしていいか、分からなくなっちゃったの」
 高雄は正直に、思ったことをそのまま口に出してみた。相手が愛宕だからこそできる事だ。
「自分が何をするべきとか、どうしたらいいとか……そういうのが全部抜けていって、なんだか抜け殻になった気分。あの出撃で、感情の……大切なものが、轟沈しちゃったのかしらね」
 自嘲気味に笑った高雄だが、愛宕は笑わなかった。じっと高雄を見つめる彼女の視線は透徹としていて、己の全てを見透かされる思いがした。目を逸らしたくなったが、ここで逸らしてはいけない気がした。

「たまには、そういう時もあるわ」
 愛宕がこの前一緒にコーヒーを飲んだ時のように、落ち着いた口調で話す。
「自分の存在意義とか、これからの方向性とか、辛いことの対処の仕方……ぜんぜん分からなくなって、焦ってしまう時も、あるもの。私もそうだったしね」
 愛宕の言葉に高雄はキョトンとした。

「あったかしら? そんな事」

「私はあなたを見てるけど、あなたは私を見てないのね」
 はぁ、と愛宕はため息をついた。
「まあ、あなたが金剛ちゃんの捨て艦戦法に付き合わされて、気が滅入ってる頃だから、仕方ないと思うけど」
 高雄はまたコーヒーを飲んで、口を湿らせた。自分に悩みがあった頃、愛宕にも同じものが渦巻いていたのだ――そう思うと、それを分からなかった自分自身が、なんとなく恥ずかしくなる。察することはできなかったし、助ける事もできなかった。その事実をどうにかして挽回したいと思うものの、どうすれば良いのかは浮かんでこない。

「……金剛ちゃんの最期、聞いたわ」
 愛宕が《うるさい金剛》の話に戻る。愛宕の顔には思慮とも遠慮ともつかないものがある。
「条件付けも、あそこまで行けば……大したものね。私だったら、艤装を捨てて逃げてるかも知れない」

「艦娘によって個人差があるのかもね」
高雄は呟いた。
「私とあなたはそこまで縛られてるって感じじゃないけれど、金剛みたいな戦艦は、提督にすごく好意的な子が多いし……あんな提督、でもね。なんでだろう、クラス別の能力差かしら。私みたいなのは反乱起こしても大したことないけど、戦艦や空母が揃って牙を剥いたら、只事じゃなくなるし……でも、駆逐艦だって魚雷を持っているから、無視していいわけじゃないわよね」いろいろと口にしたが、そうした感情パラメータの位置づけを考えるのは工廠に詰めている一部の技術者たちだ。一介の艦娘に分かるものではない。

「そうね。私も……今では、そこまで縛られてるわけじゃ、ないかもね」
 愛宕が口にする。その心境を図りかねた高雄だが、愛宕は「ねえ、あなたは今……どうしたい?」

 高雄は黙った。どうしたいか――心は自然と、あの海戦で自爆した金剛の元に、そして残された多数の金剛たちと、自爆を許した提督に移っていく。高雄は息をついた。心がしんと静まり返って、またあの爆破に思いが向かっていく。きっと自分は、何かの形であの自爆に、自殺に近い単艦突撃に報いたいのだ。沈んでいった金剛たちのために。まだ《うるさい金剛》の詳細な最期を知らない、これから沈められるだろう金剛たちのために。そして自分のために。

 こんなくだらないシステムを作り上げた鎮守府全体に、高雄なりの、艦娘なりの意趣返しをしてやりたいのだ。

 だが、どうやって?

「仇討ち、かしらね。できるものなら」
 高雄は上空を見上げ、呟いた。言葉にするとそれが自分自身を規定するような気がして、身が引き締まった。だが一体自分に何ができるかわからなく、その目は遠くの未知をひたすらに見つめていた。空が青くて夕暮れがかっていて、鳥の声が聞こえる。遠くで作業員の声もする。通りがかった艦娘たちは高雄型重巡の二人を見やるのだろう。高雄ですら、仇討ちなんてものが本気でできるとは考えていなかった。けれども彼女は拳と、内側の缶コーヒーを一緒に握りしめた。何かしなければならなかった。このまま終われるなどと、到底思いたくなかったのだ。だから高雄は立ち上がり、血の滲みそうな目つきでもう一度空を見上げた。たとえ無駄でも、駄目でも、何とかして、一矢報いたい――

「本当にそんなこと、できると思ってるの?」
 愛宕が言った。高雄が振り返ると彼女は、穴が開きそうなほど高雄を一生懸命に見つめているし、その顔にいつものふわふわした感じはどこにもなかった。「鎮守府を敵に回して、条件付けも敵に回して……このシステムを、変えられると、思うの?」真に血を吐くような声音で。それは愛宕が以前に、何か別の過程でこの道筋を通ったのだと感じさせた。高雄をたじろがせる程の言葉は、けれども、決意を変えるものではなかった。

「できるかどうかはわからないけど、やるわ」
 自信がなかったが、とにかく高雄は胸を張った。そうすると覚悟が決まったようで、どこかが楽になった。
「ヘマをしたら強制解体か……もしくは、刑務所にでも入れられるかも。でも、あんな光景……見せつけられて、動かないでいられるほど、ひどい人間じゃないの、私は」
 人間、という言葉に違和感はない。そうだ、自分は艦娘でありながら人間なのだ。まだ、人間だ。人間だから、生きているのだ。

「高雄は、強いのね」
 愛宕はため息をつくように言葉を吐き出し、大きくベンチにもたれかかった。
「私には到底、できっこなさそう」

「なら手伝ってあげるわ」
 高雄は愛宕に手を差し出した。
「私は私のすることをする。それから、愛宕がしたかった事も……したい事も、手伝ってあげる」
 愛宕はそれを見て目を白黒させて、それから、ちょっと笑い出した。あはは、と持ったコーヒーがゆらゆら揺れて、こぼれるのではないかと心配になった。

「何よ、今って笑うトコ?」
 そう高雄は文句を言ったが、愛宕は手を振って違うと示した。

「そうじゃない……高雄は、私が思ってるより、強くなって、可愛くなって……それに、ちょっと驚いただけよ。他意なんてない」
 それから落ち着いたらしい愛宕が息を整えて、高雄に目を向けた。次に、手を出した。

「昼から提督に何て言い訳をしようかしら。午前の仕事は仕上げたけれど、……秘書艦を初日にサボったなんて知られたら、評判が下がっちゃうわ」

「いいわよ、あんな提督。私達を使い捨てにできるぐらいなんだから、一人でもやっていけるわ」
 そう口にする高雄の目には、先ほどまでの胡乱な感情はなく、代わりに戦意らしきものが、かつて《うるさい金剛》が浮かべたものがある。

 道具なら道具らしく、それらしくやってやろうではないか。



 演習と訓練の合間を縫って高雄が向かったのは、金剛たちが住まう宿舎であった。《金剛宿舎》と半ば揶揄されて呼ばれている所には、多数の金剛が――金剛のみが――住んでいる。五十隻近い金剛は大部屋に押し込まれていたが、高雄がそれぞれの部屋の金剛を集めて集合をかけた時、そこはあくまで静かだった。別の鎮守府の金剛は、もっと喧しくて、もっと元気だと聞いた覚えがある。たぶん、あの《うるさい金剛》のような性格なんだろう。それがどんな様子か想像してみて、きっと楽しそうだと言うのが最初に思った事だった。金剛たちには演習も訓練も必要ではない。出撃する時はほぼ沈む時なのだ。装備すらロクに回されない。だから高雄の都合がついた時に向かえば、ほぼ全ての金剛たちが宿舎にいた。工廠の人間が、どうせ沈むんだから燃料も片道半分でいいだろ、と愚痴っていた事を思い出した。

 改めて、彼女の最期を高雄は金剛たちに伝えた。

 宿舎のロビーで、何十人もの同じ目つきに囲まれながら、高雄はできるかぎり真っ直ぐな声で(若干しどろもどろになった感もあったが)彼女の最期について語った。敵主力との会敵、突撃、そして轟沈……ここまでは他の金剛とも同じものだった。最後の最後まで口にするか悩んでいた高雄は、ついに言った。提督の命令で彼女に取り付けられた自爆装置と、彼女による涙まじりの特攻、そして爆沈した事も。このラインまでは大丈夫なのか、条件付けは黙っていた。金剛たちが大きくざわめき、中には泣き出す子もいた。当たり前だ、今までは敵の砲撃によって沈められていたのだから、わずかでも生き残る確率があった。それが味方からの自爆を命令付けられた事で、確実に轟沈することが決まったからだ。高雄は周りに飾られた絵を、人形を、かつて沈んだ金剛が身につけていた髪飾りを、そして折り紙などを眺めながら――ここは既に末期の患者が住まう、ホスピスそのものだ――全て言い終えた。誰かの嗚咽と荒い息遣い以外は静かだった。そのうち、知っている《うるさい金剛》の話を言い終えた高雄は言葉が出てこなくなり、どうして彼女はあれほど一生懸命に戦ったのか、そう独り言めいた言葉をもらした。解決しようのない疑問だと思っていたそれに対して、一人の金剛が答えた。

「あの子は、もともと身寄りがありませんでシタ」

「身寄り?」
 高雄が返す。ロビーの椅子に腰掛けた彼女は、そういえば艦娘になる前の金剛がどんな子だったのか、知らない事に気がついた。

「そうデス。高雄さんも知っての通り、私達は人間に艦娘用の艤装を取り付け、《変異》することで艦娘になれマス。だけど私達の場合は少し事情が違いマス。高雄さんたちは、志願して艦娘になったと思いマス。私達は、みんな身売りされてきまシタ」

 高雄は目を剥いた。

「このご時世じゃ、どこも人手不足デス。でもみんな、普通の生活は過ごしたいし、戦争なんて行きたくない、兵隊だけが深海棲艦と戦えば良いじゃないか……そんな人が多いし、徴兵も忌避する人が多いから、たまにこういう一斉徴発が起きるんだそうデス。小さい村とか、街から身寄りのない子を貰ったり、買ったり、攫ったりして、強制的に艦娘に……兵器に仕立て上げマス。業者さんがそう教えてくれまシタ。私達はここで、みんな一緒によくわからない艤装を取り付けさせられて……金剛に、なりまシタ。でも、どうして金剛になるのでしょうネ。きっと技術者の人も、どうして金剛なのかわからないと思いマス。私も、みんなも、分かりまセン。全部謎の中デス。その中であの子は、特に悲惨でシタ。もともと、深海棲艦に乗っていた船を食われて、家族はみんな死んで、あの子だけ助かったと言いマス。その後は、他の街を点々としていたらしいですけど……辛かったみたいデス。よく夜中に起きて泣いたり、叫ぶことがありまシタ。艦娘たちの演習姿を見つめて、泣いてることもありまシタ。多分、普通の人間なら病院にいるべきなんでしょう……たまに一緒にお風呂に入ると、お腹とかに火傷とか、手術の跡みたいなものがありまシタ。これは何って一度聞きましたけど、彼女は傷を押さえて【取られた】と言いまシタ。その先は怖くて訊けませんでシタ。行き着く先がここで……きっとあの子にとってここは、どんな所であっても、自分にとっての晴れ舞台だったんだと、思いマス」

 そこで金剛型一番艦になった彼女は出撃し、沈んだ。他の金剛たちが涙を流し始めた。死にたくないデス、死にたくないデス、と口にする子もいた。

「私達、もう後がありまセン」
 その金剛は何もかも見透かしたような、あるいは諦めたような心地で呟いた。
「私も彼女たちも、みんな提督に転属届けを出しまシタ。死にたくないカラ。だけど受理されまセン……きっと私達が役に立つから、捨て艦として、囮に使えるから、手放さないと思いマス。高雄さんと違って、私達は売られてきたから、きっとその状況も関係してるんだと思いマス。そのうち、逃げる子も出るかもしれまセン。誰かが怒って、ここで砲撃するかもしれまセン。でも不思議ですよね、そんな状況なのに、誰も提督の事を嫌ってないんデス。ただ提督の役に立ちたい……あの人から信頼されて、長く使われる戦艦でいタイ。あの人の事をもっとよく知りたい、だから死にたくナイ。もっと生きていタイ。みんな、そういう子デス。誰も、誰一人、違う意見の子がいまセン。これも《条件付け》なんでしょうカネ?」

 高雄には返す言葉がなかった。だから彼女は代わりに立ち上がって、自分の胸に手を当てて、ただ……金剛たちの顔を見つめた。泣いてる顔も、俯いている顔も、顔を手で覆っている子もいた。多分、これは本当の金剛に相応しくない。本当の彼女は、きっと《うるさい金剛》みたいな子なのだ――高雄は不意に、そう思った。陽気に笑って、騒いで、とびきりの笑顔を他の子に向けるような……そんな子であるべきなのだ。そうして元気づけて、戦闘でも真っ先に乗り込んで、敵をやっつけて……だからこんな顔は、絶対に、違う。

「私は……私達は、艦娘です」
 高雄は切り出した。何を言うべきか分からなかったが、とにかく流れだすままに喋り始めた。
「人間から改造されて、人じゃなくなりました。そして彼らよりも下に、見られています。人間には逆らえないルールがあるし、私達は人に触ることができません。人と機械の中間みたいな生き物になりました。私は志願してなりましたが、あなたたちは強制的にそうさせられた……それでも私達には、生き方を、考え方を、選ぶ自由はあると思います。艤装を取り付けて、頭を改造された時点で、私達は《艦娘》になってしまったけれど――私達は、でも自分の意思がある。考えられる、感じられる、それに上辺だけでも、人に反抗することだって、」

「お説教なんてやめて――」

「黙ってッ邪魔をしないで!」
 思ったより大きな声が出たので、他の金剛たちがたじろいだのがわかった。もうこれは自分だけの考えじゃない、金剛たちも含めた、艦娘全体の考えになりつつあると高雄は、流れ行く意識の中で思った。声を強めた。
「だから! 私達にも抗う事はできます! 人間型の兵器になって、戦う事を余儀なくされても、それでもいろんな事を考えることができるし、諦める事だって出来る! やめる事だって出来る! 戦うだけが選択肢じゃないんです! あの《うるさい金剛》みたいに自分を狭めて、自分を殺さなくても、私達は生きていけるんです! 自分の首を絞めないで、自分たちを、屑鉄と思わないで……! 私達は戦って死ぬために生まれてきたんじゃない、戦って、生き延びるために生まれてきたんだ……! あなたたちも、そう思わないのですか!?」
 高雄の声に目の前にいた金剛が、一歩下がった。それから目尻に涙を滲ませて、

「そんな事言ったって! こんな所、来たくて来たんじゃナイ! それに私達は転属も、解体もできまセン――! 提督が全て握ってマス! あの人が駄目と言えば、私達には何も! どうすることも! できないじゃないデスカッ!」
 それから英語で金剛はまくしたて始めたが、高雄の目を真正面から睨みつけているうちに、そのうち力が落ちていき、彼女は膝から床に崩れ落ちた。

「私達はBattleShipです……もう、戦うしか、死ぬしか、ないじゃないでスカ。一艦多殺、沈み沈めて護国の鬼となれ……みんな、砲撃の弾なんデス。嫌でも、殺されなきゃ、いけないんデス……」
 そのまま彼女は泣き始めたが、高雄はその金剛に近寄り、肩を掴んで無理やり立たせた。

「諦めないでください……!」
 高雄の一喝を、金剛は呆とした顔で見ていた。
「たとえあなたたちが無理だとしても、……私が、なんとかしてみせます! みんなが生きられるように、努力します! だから、どうか、諦めないで……! 諦めさえしなければ、きっと道はあります!」
 高雄は顔を紅潮させ、首筋に力を込めて、頭に熱が入るのを感じながら、ただ叫んだ。それしか、自分にできる事がなかった。やるしかなかったのだろう。おそらく自分は、そういう風に、どこかで決断していたのだろう。たとえどうするべきか分からなくても、ただ真っ直ぐ突き進むしかできないのだろう。

 暫し、場が静かになった。

「私達、生きてて、いいんでスカ……?」
 一人の声がした。金剛の声で、別の金剛の声もする。
「捨て艦にされて、死なないで、スクラップにされなくて、いいんでスカ?」
 確証などどこにもなかったが、高雄は頷いた。意地とあの《うるさい金剛》を見捨てた罪悪感と、そこから生まれた言い様のない怒りが、高雄を支えていた。だから次々と湧き上がる声に、高雄はひたすらに頷き続けた。自分がそうするための、一つの生き物になった気分だった。

「あなたを信じて、いいんでスカ?」
 彼女が立たせた金剛も、涙で汚れた顔で見上げながら、訊いた。
「私達は死なないって、考えて、いいんでスカ?」

 この時、一番の重圧を高雄はこの金剛から感じた。もしここで、「少し考え事をしたいから退出したい」「愛宕や他の艦娘にもいちおう相談したい」と言って、どことなくはぐらかせば、それでもこの場は収まるだろう。金剛たちの嘆きは収まるだろう。だがそれは、この金剛から遠ざかる事を、逃げだす事を意味していた。決定的な何かを取り違え、取り逃すことを意味していた。そしてそれが行き着く先は――たぶん彼女の消滅に、そして他の金剛たちの消滅に繋がるのだ、と、理屈抜きに高雄は理解した。だから彼女は唾を飲み込み、金剛に顔を近づけ……
「あなたたちを、生き延びさせてみせる。最善を、尽くすわ」

 金剛が高雄に抱きついた。恥も外聞もなく彼女は思い切り高雄を抱きしめ、そして大声で泣きだした。まるではぐれた子どもが親を見つけたような反応で、思わず高雄の目頭も熱くなった。だから高雄は片手で目を拭うと、できるだけしっかりと、歓声や泣き声でごった返すロビーの中で、ひたすらに提督がいる鎮守府を、庁舎を見つめ続けた。もう、賽は投げられていた。



 次の金剛の出撃日が――つまり捨て艦戦法が行われる日だ――四日後ということを、高雄は愛宕を通じて教えてもらった。提督の話によれば、やはり金剛に自爆装置を取り付け、敵主力の付近で爆発させる計画らしい。だからそれまでに高雄は全ての準備を整えておかなければならなかった。もしまた金剛たちが捨て艦に巻き込まれれば……今度こそ意気阻喪した彼女たちを、救う手立てはないだろうと彼女は思った。まだ抗う余地がある今のうちに、この期間内に行うしか、ない。だから金剛宿舎を出てすぐに高雄は動いた。

 はじめに向かったのは工廠だった。これは必要な材料が揃っているかどうかの確認であったし、そもそもこれがなければ話にならない。とりあえずの計画を愛宕に伝えた所、「五分五分でいけるとは思うけど、確証はできないわね。それに、いろんなところに根回しする必要があるし」と返された。茶色い煉瓦づくりの工廠に素知らぬ顔で入り込む。部外者の艦娘はあまり立ち入りを快く思われておらず、区域によっては立ち入り禁止の場所もある。高雄はビールなどの賄賂を元に作業員らを懐柔し、潜入して目的の物を発見し……とりあえずは、切り上げることにした。もしも紛失した事が公になれば、全てが水の泡になる。幸いまだ賄賂の分は残っているから、また入ることは可能だろう。高雄は言い逃れができるよう、高速修復材――通称バケツの原料を適当に持ち出すことにした。これは戦闘で傷ついた艦娘や艤装を治療する物だが、二日酔いなどの軽い体調不良にもよく効くことは案外知られていない。これも場所によっては立派な通貨になるのだ。ビールなどよりよほど貴重な材料だが、大きな出撃もないので、おそらく大丈夫だろう。ふと高雄は、工廠で同じく研究中であった、応急修理要員を、金剛を活かす手立てに使えないか、と考えてみた。念の為に工廠の人間に話を振ってみたのだが、結果は否ということだった。砲撃による部分的なダメージはカバーできるが、自身を粉にするほどの高威力の前には効果がないらしい。これで計画が一つ潰れたわね、と高雄は自嘲しながら、工廠を出る事にした。

 無事に工廠を抜けた高雄は、少しどうするべきか悩んだ。次の演習は夕方頃になるが、工廠だけで計画に必要なものはだいたい揃っている。他は愛宕に会って確認しないといけないものであるし、一旦部屋に戻ろうか……そう考えた辺りで、視界の隅に誰かが歩いているのが見えた。こちらに向かってくる。

「高雄さん……高雄さん」
 電だった。腰にかかった小柄な艤装が小走りの度にガチャガチャ音を立てている。急いでいたのか、荒い息継ぎを繰り返していた。
「こっちにいたんですか。探すのに苦労しました……のです」

「電ちゃん、どうかした?」
 高雄は高速修復材を持ったまま、無意識に屈んで目線を合わせた。
「何か私に用事?」

「はい。提督が……ふぅ。提督がお呼びなのです。愛宕さんも同席するみたいで……電は言付けで参りましたのです」

 提督がどうして自分を――という疑問が湧いたものの、それをこの駆逐艦にぶつけても解決しないだろう。高雄は頷き、執務室へと向かった。

 ノックして入った執務室には、第一種軍装に身を包んだ提督がいつものように座っており、隣にはファイルを抱えた愛宕がいた。その空気を感じた高雄は、これは何か、只事ではない……と思い、体を強ばらせた。先日まで自分がここの秘書をしていたというのに、今は別次元のように感じられる。

「よく来てくれた。単刀直入に告げたいのだが……高雄、お前の素行がよろしくない、との報告が来てな。確認させてもらう」
 提督が高雄を見やる。彼女はそれを受け止めながら、誰か他の人間が告げ口したのかしら――と思った。捨て艦自体は艦娘の中では忌み嫌われているものの、そもそも工廠の人間や管理する者などは、金剛の数が多いことを資源の問題から問題視している。だから金剛擁護派の筆頭に立つ高雄は、目の上の瘤みたいなものだろう。愛宕は目線で【しばらく黙ってた方が良いわよ】と伝えていた。だが高雄は敢然と反駁した。

「お言葉ですが提督、素行が悪いとは……具体的にはどういったことを指すのでしょうか」
 高雄は口にし、姿勢を正した。
「私には、謂れのないことで難癖をつけられたように思いますが」

「さきほど金剛宿舎の方に出入りしていたとの報告があったのだが、あれはどういうことか、説明してもらえまいか」

 ぐっと息が詰まったが、とにかく高雄は思いつく事を話すことにした。愛宕の視線が体に刺さる。

「前回の作戦で轟沈した、四十七番金剛の最期を伝えておりました。彼女たちには、十分な説明が必要と思われましたので」

「必要ない。そもそも囮にする兵器に戦術以外の物が必要か? そうでなくともこの時期、記者の扱いが難しいというに……銃後の人間が倫理問題とかほざいているが、全く、深海棲艦の前でも同じことを言ってもらいたいものだ」
 提督が立ち上がると、高雄と同じ程度の目線になる。軍装の中から伸びる視線は、一直線に高雄を捉えていた。平行線――それ以外の言葉が見つからない。彼の中に充満している苛立ちを感じた高雄は、彼もまたこの戦術のデメリット――倫理的ジレンマ――を抱えているのだと理解した。この鎮守府に報道記者が来る予定はないが、もしそうなれば、提督としてはずいぶんとマズイ立場にさらされることになるだろう。

「それとだな、高雄型一番艦高雄――お前の除籍が、現在検討されている。扱いは、まあ不名誉除隊辺りか」

 愛宕すら知らなかった事は、彼女の目を見れば分かった。高雄は深呼吸して、「それはどういう事でしょうか」

「決まっている。前々から素行の悪さが目につき、加えて現在も上官に対して不必要な反抗的態度を見せている。宜しくない、非常に宜しくない」
 冷え冷えとした口調に高雄の背筋が凍りそうになる。まさかそこまで話が進んでいたとは、というのが正直な思いだった。秘書艦時代の数々の自分の発言を思い起こし、あれも尾を引いたかな、と自責を抱く。
「飼い主の手を噛む犬はどこにでもいる。ならば飼い主としては、できるだけ良い教育を受けさせ、そんな悪癖をなくすのが最優先事項だ。そしてそれができないならば――」
 提督が言葉を切り、高雄は拳を握りしめた。敵が、間違いのない鎮守府内の敵が、高雄の目の前にいる。条件付けがチリチリと痛み、高雄の脳髄が焼かれる錯覚を起こす。

「処分するしかないだろう」

「それは、叱責処分とみなして宜しいですか。それとも既に決定事項となっておりますか」

「お前の態度如何で決まる」
 つまり、これからの高雄の行動によっては、即刻の解体処分――艦娘としての兵装剥奪を意味する。そして不名誉除隊となれば、周辺官庁に顔写真が出回るのは確実だ――言い換えれば、これからの就職、つまり人生プランにも大きく影響を及ぼすこととなる。深海棲艦との戦いによってある種の総動員体制にある国土では、何をするにも国の後ろ盾がなければやっていけない。その国から突っぱねられることは、つまるところ日雇い労働者か、タコ部屋での薄汚い場所での労働か、鉱山などでの危険業務ぐらいしか働き口がなくなることを意味する。それに戦闘上の機密に触れる事もある部分もあるのだから、行動や移動に制限もかかり、下手をすれば逮捕物だ。ある程度は覚悟していると高雄は思ったが、ここまで現実的なものとして色を帯びてくると、どこか息苦しくなるのを感じる。

「……承知しました。以後、素行には気をつけます」
 できるだけしおらしい態度を装い、高雄は言葉を落とした。今の金剛たちもこんな風に脅されたのかと思うと吐き気がしてくるが、ここでそれを吐き出すわけにはいかない。相手は提督で、上官だ。そして自分とは全く反りが合わない。

「今後、あの金剛たちには一切関わるな。もしバレれば、お前の立場は一挙に悪くなる。いいか、私だって努力しているのだ。上層部を説得して、ようやく立場を広げられる所まで来た。この鎮守府が認められる所まで、あと一歩なのだ。それにここでも、私は衛生面や作戦面でも気を使っている。ほぼ最低値の犠牲で効率よく戦果を出している――これ以上に望ましい事などあるはずがない。だからここで――ここで転ぶ訳にはいかんのだ。私は生き延びてやる、再び舞い戻るのだ……! ここが正念場なのだ、今こそ、真意が試されるのだ!」
 拳を振って演説をはじめる提督。高雄はこれ以上、彼のうわ言を聞いていたくなかった。彼が見ているのは艦娘でも鎮守府でもなく、無限に積み上がる成果と、そしてここで失敗することへの恐怖だ。徹底的な合理化を進めた自負と、最低値の犠牲とやらに含まれる、死んでいく金剛のことなのだ。それは精神を無視した計画だ。

 それが行き着く先は精神の荒廃以外の何物でもない。

「まあ、警告はした。もう行っても良い」
 深呼吸して落ち着いた提督が扉を指し示した。
「以後、行動には気をつけるように。それと、ここでの会話は他言無用だ」

「最後に一つ、宜しいでしょうか」
 提督がじろりと睨んだが、高雄はそれを無視した。
「以前の出撃の際、金剛に自爆するよう命令したというのは、本当ですか」

 提督はやや不思議そうな顔で高雄を見つめ、そして綺麗に剃った頬を少し撫でて、言った。
「ああ、命令したな。そうだ、自爆に使った爆薬の効果実験という意味もあったんだが……無事に成功して良かったよ。事前に赤城と飛龍に効果判定も頼んでいたが、予想以上だったらしいな。しかし赤城たちも、仲間の死を観察するなんて嫌だと文句を言っていたが……どこも変わらんな、艦娘というものは。仲間内だけで固まるから信用が置けん。とにかく、やっただけの価値はあったよ。まあ、あれだけの炸裂量なら、金剛も苦しまずに沈んだろうし、良かったんじゃないか?」

 この、糞提督。

「失礼します」
 高雄は退出した。



 慎重に慎重を重ねた夜であった。人とも艦娘とも、できるだけ接触を断ちながら高雄は、ひたすらに動き、自身の条件付けの書き換えを行った。艦娘の何人かに絶対秘密を条件に計画を打ち明け、その後の処理を頼んだ。もうこれで自分が一生日陰者と思っても、心の中に悔いは見当たらなかった。きっと提督に叱責された時から、それが現実味を帯びて、高雄の中に芽を出し始めたのだろう。

 そして迎えた作戦決行前夜、廊下を歩きながら高雄は思う。この鎮守府で自分が過ごしてきた過程の事を。そして、自分がこれまでここで生きてきた年月について考える。初めて着任した日の、燃えるような期待と心胆を寒からしめる不安感、そして建物に抱いた恐れ多い感覚。これからここで生活をし、そして深海棲艦と戦うという、畏怖のようなものが高雄の中を占めていた。あれから月日が流れ、幾分程か感情が薄れはじめたそこを彼女は歩いている。時刻は既に夜中だが、しばらくここに週番は来ない――高雄が拝借してきたバケツを用いて、彼女を買収した。彼女は目的については聞かなかったが、高雄の目を見て、「気をつけてね」と口にした。自分の意図はどれくらい人に漏れているのだろうか、と高雄はしゃがみ込み、設置をしながら思う。きっと他の艦娘たちが高雄を止める積りなら、とっくにやっているのだろう。

 ならばそうした制止が入らないのは……自分の行動が、ある程度、艦娘たちに認められている。そう思っていいんだろうか?

 そのうちに対面の廊下から足音がして、高雄は身をすくませた。週番以外だとすれば、彼女以外に出歩いている艦娘か警備員としか思えない――ここで見つかれば、言い訳もできない。彼女が身を強張らせるが、そこに現れたのは愛宕だった。遠くから、既に高雄がそこにいることを知っていたかのように、手を振る。彼女は振り返しながら安堵の息をついた。少なくとも一番みっともない形で露呈することは避けられた。

「調子はどう?」

「ん……半分ほどかな。もう半分は、これから」
 高雄は手早く作業を再開する。配線を繋いで固定する作業は案外面倒だが、訓練で受けた技術を応用できる部分もあり、すぐに慣れた。始めた直後は自分のしている事の度外れな感じに目眩すら覚えたものの、神経が目の前の作業一つに集中するようになると、やがて冷めていった。高雄が設置を終えて、鞄の中に入った材料を持ち上げると、愛宕が口にした。

「高雄は、迷いがないのね」

「なによ、一体」
 高雄は苦笑した。
「そんなこと言う愛宕は、どうなのよ」
 共に歩きながら、二人は静かに会話する。足音が静寂に響き、どこか遠くで反響する。

「私は……迷ってばかりよ。ここに志願する時も迷ったし、あなたとバディになってからも、あれやこれやで迷ってばかり。あなたに協力することだって、本当は、すごく迷ったの」

 次の設置ポイントにとりかかる。理論上は、此処とあと数箇所で大丈夫な筈だ。そうでなければ……神にでも祈るしかない。

「でも愛宕は決断できた。それは凄い事だと思う」
 慣れが入った作業を続けながら高雄は返す。
「私はあなたを尊敬してるのよ、愛宕」

「私は尊敬される人間なんかじゃない」
 彼女は高雄の代わりに鞄を持ち、彼女の作業を見学していた。それに加わらないのは、彼女なりの矜持があるのだろうか。別の思いがあるのだろうか。

「でも、私は尊敬する」
 セットと最終点検を終えて、高雄はもう一つを配置した。おそらく今夜には仕上がるだろう――明日の朝早くには金剛の出撃が控えている。出撃予定の金剛は、今はどんな心境で布団に潜り込んでいるだろう。あるいは眠れなくて、夜風にあたっているのだろうか。そして死にたくないと、まだ生きていたいと涙を零しているのだろうか。全てが自分の行動に罹っている。全てがこの場の行動で決まる。改めて心臓が縮む思いだった。

 高雄、と愛宕が呼びかけた。振り向いた高雄を愛宕は、強く抱きしめた。その体が震えている事を彼女は知る。
「怖い……あなたがいなくなる事が。きっとこれが起きたら、みんな大騒ぎになる。そうしたら……あなたは、もうここから消えなきゃいけない。私はそうしたら――きっと、壊れてしまう。狂ってしまうわ。あなたがいない鎮守府なんて、私、耐えられない」

「愛宕」
 高雄は愛宕の髪を撫で擦った。自分の物とは異なる、金色の穏やかな長髪。
「優しい愛宕、綺麗な愛宕、愛しい愛宕。私はあなたがいるから戦ってこれた。あなたがいたおかげで、こんなひどい鎮守府でも、抗おうって決心できた。こんな……こんな、罰当たりな事をする元気が出たの。ぜんぶあなたのおかげ」

「こんなこと、もうやめて」
 愛宕の声は涙まじりになっていた。他の駆逐艦や軽巡たちの前では見せない姿。
「二人で逃げましょうよ。私も秘書艦なんてやめて、脱柵するわ。そして二人で、闇で運び屋でもやって生活できる。それに、拾ってくれる別の鎮守府だってあるに違いないわ。それが駄目なら、海外にでも行きましょう。だから高雄、こんな恐ろしい事、やめましょう――?」

「……ごめんなさい」
 高雄は愛宕を抱きしめたまま、自身も涙まじりになって、呟いた。ここで諦められない自分がいた。きっとそれは金剛のためでもあるし、自分のためでもあるのだ。愛宕が暫く嗚咽をもらして、高雄はそれを彼女の髪を梳きながら、待っていた。ごめんなさい、ともう一言呟いた。もう、事は広がりすぎている。私はみんなの命を背負っている、と高雄は思った。

「もう、信用できる他の艦娘にも話してあるわ。電、金剛たち、利根に最上。あの子たちが、きっと愛宕を助けてくれる」
 高雄は言った。どうしてこんなことになったのだろう、と遠い感情で思いながらも、口にした。もうこれは止める止めないという話ではないのだ。「あなたなら、きっとできる。愛宕」

「やだ」

「聞いて、愛宕」

「やだっ」
 愛宕の声は、震えていた。だから高雄にも、彼女の恐れがどのようなものか、推察できた。

「……愛宕、私は死なない」
 高雄は言った。
「今からやろうとしてることは、成功するかどうかわからないし、ひどい失敗をするかもしれない。誰に対しても申し開きができることでもない。だけど、もしそれが失敗しても……私は死なないから。もしあなたの前から消えても、愛宕。それでも、また戻ってくるから。だから、諦めないで。諦めることなんて、やめてしまおうよ。だから……だから、」
 愛宕は自分の事をやり遂げて、と言いかけた高雄の前から、ゆっくりと愛宕は離れた。

「約束、してね」

「うん」

 二人は指きりげんまんで、約束を交わした。また、愛宕の前に高雄は戻ってくる、と。愛宕の目には涙が光っていたが、さっきまでの自虐的な頑固さは見えなかった。

「高雄」
 呼ばれた高雄が振り向くと、何かを予感したような顔の愛宕が、じっと彼女を見つめていた。
「あなたにできないことは私がする。私ができない事は……あなたがして頂戴」

「分かった」
 高雄は頷き、そして愛宕から視線を外した。
「早い所、次を設置するわ。手伝い、お願いできる?」
 愛宕は頷き、早い足取りでついてきた。



 夜が白らみ始めていき、燃えるような太陽が水平線の彼方から顔を出し始める。太平洋に面した景色の鎮守府ならではの逸物だった。朝方であるが、当直の研究員たちや工廠勤めにとってそれらは無関係であり、彼らは日々のローテーションの元に、終わりのない作業に精を出していた。清掃員は常のペースで工廠や庁舎からゴミや廃棄物を取り除き、湾岸監視員たちはカメラを眺めながら異常無しのレポートを作成する。補給用のトラック(一部には捨て艦用の新型爆薬が詰め込んである――以前の出撃で、効果は実証された)が山道を通りぬけ、一台、また一台と工廠前に到着する。工廠の事務員たちは、これからの艦娘たちの改造計画や捨て艦用の補修作業に余念がない。既に起床しつつある艦娘たちもおり、彼女たちはそれぞれの寄宿舎で夜を明かしていた。朝早くからランニングに精を出す者、自室で艤装の点検をする者、工廠に向かって装備点検に勤しむ者もいる。金剛宿舎の金剛たちは、まんじりともしない朝を迎えつつあった。高雄より作戦について聞いてはいたが、それはあまりにも大規模で、とんでもないものだったから、真の意味で決行されるのか、疑問に思いながら、すがるような想いで彼女たちは朝を迎えていた。出撃予定であった八番金剛は、一睡もできないまま夜を終えた。彼女は深夜の桟橋で風に当たりながら、自分が死ぬのはあの海の彼方なのか、それとも別の場所なのだろうかと考えて、結局何も残せなかったと悔やんでいた。訳の分からない所から、訳の分からない寄宿舎に連れてこられて、いざ出撃する時は、己が四散する時なのだ。実のない思考、来るはずのない未来を延々と思い描いては涙を流し、死にたくない、と零した。だが提督を恨む心は条件付けによってセーブされ、彼女は静かに夜を終えた。提督も金剛と同じく一睡もしなかったが、彼にとっての今回の出撃は、試験的な爆破実験を終えて、作戦的な自爆行動に乗り出す、第一回目の作戦行動であったのだ。この作戦の如何が、提督を含んだ鎮守府の命運を決定づけると言っても過言ではない。あと少し、あと少しで返り咲くことができる、と彼は信じていた。所詮人間以下の雌ども――艦娘たちを生贄にして、彼は晴れ晴れと、栄誉喝采の只中に舞い戻る。ここが、正念場だった。灼熱の朝日が徐々に鎮守府へと姿を見せていき、幾つもの建物や施設を抱えた場が動き出して行く。ある者にとっては死出の旅立ちであり、ある者にとっては日常の繰り返し、ある者にとっては効果実証と戦果拡大の確証が得られる朝であった。様々なものの事情と心情と模様を飲み込み、咀嚼し、噛み砕きながら秒針たちが動いていく。星が瞬き、月の色が薄くなる。そこにあるのは戦争行動中の朝、深海棲艦を打倒するための朝、そして生贄になるための朝であった。緊張感と緩慢と静けさをはらんだ一日の門出だった。

 轟音が朝のゆるやかな騒音を唐突に粉砕した。

 最初の爆発が起きたのは無人の庁舎内の事だった。事務員らが退勤していた二階、四階の事務室が爆風で吹き飛ばされ、爆音が建物と鎮守府全体を揺らした。建物の内部や内壁が外に露出し、吹き飛んだ紙切れと焼け残った書類の束が風に舞い飛び、海の上へと消えていった。当直の警備員らの待機場所とは大きく離れていた爆発物は、最後まで誰にも発見されることなく、その役割を全うした。十秒ほど、その轟音を聞きつけた者たちは、あらゆる思考を外に出し、ただ沈黙した。そして直後、この爆発で艦娘たちは想定されていた【深海棲艦による鎮守府奇襲】のプランに則って一挙に行動を開始した。海側の防備を固めるために艤装を身につけた彼女たちは装備品を取り出すために工廠へと駆け込む――寸前、第二の爆発が駆逐艦寮、軽巡洋艦寮の外壁を削り、この爆風によって艦娘一人がガラスで腕を切るなどの軽傷を負った。警報音とサイレンとアラームが一挙に鳴り響き、誰もが起き上がっては手近な艤装を身につける。もし奴らがここに襲撃をかけてきたとなれば、まさに総力戦になる。この時点で提督、また人間らには避難指示が出され、山沿いの訓練所近くにある緊急シェルターへと移動を開始した。万一の場合はここからあらゆる指示を行うことになる。提督の心中は混沌極まりなかったが、体に覚えた事実によって、彼は指示を出しながら避難を急いだ。第三、第四の爆発は桟橋、また輸送用のタンカーが停泊していた港であった。金剛出撃後、資源獲得のために護送される予定であったタンカーは二隻、既に逃げ出していた当直らの背後で爆発する。崩れ落ちる船と海面に流出した鋼材たち。流れだした原油に火がついて火災が発生し、出港部分が崩れた木材と鉄と鋼材によって使用不能となる。発狂した画家が描いたような悪夢の光景が、過ぎ行く朝の中でじっとりと動いていく。太陽が上がっていく。非常用訓練を受けていたおかげでパニックこそ発生していないものの、大部分の艦娘たちは何が起きたか分からずに内心では混乱しきっていた。鎮守府お抱えの事務員ら一般人が、緊急事態の中でシェルターに向かって整然と動いていく。先行の艦娘らが、シェルター内部に爆発物が仕掛けられていないかを確認していく。提督と秘書艦愛宕の指示に従って艦娘たちが行動を開始した直後、第五の爆発が、今度こそ無人となった鎮守府執務室周辺で発生、この爆発の影響で執務室は崩落し、数多の機密書類が瓦礫と廃材の中に埋もれた。後追いの火災によってそれらの書類の大半が再生不能となった。提督が隠し持っていた嗜好品、書類らが破壊されていく。基地付設の消防や救急班がサイレンやアラームの混合する中で右往左往する最中、提督は緊急時プロトコルの発令を用い、未だ無事であった工廠から装備品を運び出すと艦娘らに装着させ、すぐさま別口から深海棲艦に備えて海洋に出した。同時に山側やシェルター近郊へと予備として駐屯させておいた人間部隊を展開させる。提督の脳内には、《深海棲艦とテロリストが共謀し、同時攻撃を企てた》というシナリオが展開中であった。逃げ惑う男女たち、鳴り響くサイレンと悲鳴、怒鳴り声混じりの指示、命令、そして混乱した声。雑多な人間と艦娘たちの声が交じり合って異様な交響曲を作り出しながら、鎮守府の朝を作り出していた。雲間に降り注ぐものはなく、未だ深海棲艦による攻撃の気配はなかった。緊急の場合――まさにこれだ――に備えて必需的な施設は別々に作ってあったが、その全ての施設が破壊されはじめていた。その混乱度合いは大空襲に等しい。第六の爆発は部隊が展開し、索敵と戦闘準備が整った艦娘たちのいる場所ではなく、まったく無人となった庁舎内と寄宿舎で発生した。残っていた特製爆薬が連鎖爆発し、艦娘たちの住処と鎮守府として機能する施設は一秒足らずで吹き飛ばされた。彼女たちの生活用品が、燃えていく建物に巻き込まれて消え去っていく。いろんな物が一緒くたに燃える異臭と異様な光景が、職務を忘れて逃げ去る人間の目に移る(彼は二日後、実行犯捜索中の山狩りで発見され拘束された)。鎮守府として稼働するための施設が破壊されていく。既に工廠自体も敵の目標となったと愛宕は判断し、工廠から即時避難するよう各作業員らに指示。全作業員らは安全を確認された(これを愛宕は強く主張した)シェルターへと逃げこむように命令した。その指示は全施設の放棄に等しいため提督は反対したが、人命救助を名目に愛宕が押し切った。そして全作業員が避難した一分後、最後の爆発が工廠で発生し、艦娘建造、そして近代化改修のための施設は、全壊した。崩れ落ちるドック、建造するための場所は粉々になり、吹き飛んだ建材と土埃と屑鉄らが空に舞い上がっては地べたに降り注いだ。炎と火炎と火とが入り乱れては艦娘たちを作り出してきた施設を完膚なきまでに破壊し、残ったのは瓦礫と使用不能な残骸と山ほどの建物だったものの名残だけであった。吹き寄せる風が埃を空へと舞い上げ、既に海に消えた艦娘たちの背中へと吹き付けていく。

 つまり鎮守府は、鎮守府としての全ての機能を全て剥奪された形になる。

 それをシェルター内の監視カメラから見ていた提督は、一時黙った。彼の眼前には、これまで自分が築き上げてきた物と、かろうじて繋ぎ止めた栄光への階段があるはずだった。全てが圧潰していた。潰れていた。容赦なく、慈悲もなく、燃えながら燻りながらそれらが破壊されつくしてあった。愛宕による怪我人や心神喪失者などの総計を耳にしながら提督は、「なんだこれは」と言った。

「提督?」

「一体なんだこれはッ!」
 彼は自身の制帽を掴みあげ、地面に叩きつける代わりに強く、強く握りしめた。彼の中では怒りよりも、全く為す術のない混乱が勝っていた。心中を嵐が吹き荒れている。
「どうしてこんな羽目になった! 一体これは何だ! 奴らの奇襲か、それともテロか!? 一体どうなっている! 状況はどうなった! 答えろッ!」

「既に艦娘全隊は鎮守府近海に展開しています。それに施設防衛の部隊は別方向に展開しており、現在の所犠牲者は確認できません。怪我人らも救護班で十分に対応できています――不幸中の幸いでした。これから奇襲に対して巻き返しを図れます」と愛宕の弁。既に一般人たちはシェルターの奥でざわめきながら、愛宕と周りにいる護衛の艦娘、そして提督の行動に注目しはじめている。恐怖と、怯えと、不安。提督が最も忌み嫌う物が。

「何が幸いだ! どこが!」
 提督は怒り狂った表情で愛宕に詰め寄る。
「こんなピンポイントの爆撃など、誰かが手引したとしか考えられん! 深海棲艦でなければ、テロリスト――高雄は!? あの重巡はどこにいる! 奴はどこだ!」

「現在行方不明で、捜索中です」
 一切の感情が排斥された声で愛宕は口にした。実質、彼女の内部は空虚に近く、何の情感も湧いてこなかった。愛宕はそっと目を伏せる。
「それと、電波塔は無事でしたので、さきほど近隣の鎮守府に救援要請を行いました。天候は良いので、おそらく数日以内に到着することでしょう……深海棲艦の襲撃に遭わなければ」
 とは言え爆破直前の定期走査で、近辺に深海棲艦らがいない事は分かりきっている。念のために利根や最上に無線の流しを依頼しておいたが、海側でも問題はなさそうだ。おそらく数時間もすれば彼女たちは手ぶらで戻ってくるだろう。

 そして金剛らを用いた出撃計画も、全ておじゃんになる筈だ。

「都合が良すぎる」
 提督はぐるぐると周囲を歩き回りながら言う。簡素な灰色の壁と、申し訳程度のエアコンが人工的な空気を吐き出していた。蛍光灯が赤く充血した彼の目を浮かび上がらせている。
「犠牲者が一人も出ず、かつ工廠、私の執務室、庁舎、……全て破壊された。丸裸にされた。鎮守府全体が壊滅したようなものだ。こんなものは、誰かが意図したとしか思えん。……この施設を熟知している者としか思えない。糞、憲兵の役割も艦娘に任せていたのが裏目に出たか。どこまでも役に立たない生物らだ」

「《条件付け》についてはどう思われますか」

「ならばここにテロリストが潜伏していたとでも言うのかッ!」
 職員らのざわめきが大きくなる――内部に第五列が居たとすれば、次に疑われるのは彼らだ。そして勿論、この惨事を事前に止めることができなかった提督にも。全ての責任は、責任者へと降り注ぐ。それを知っていた男は、半ばヒステリーめいた表情を露わにする。
「こんな! こんな事が……! 私の任期中に! 鎮守府を破壊され、機密を駄目にした屑提督――戦果を上げたというのに! あれほど金剛たちを餌にして戦果を上げたというのに! 私の努力は! 何のためだったのだ!」提督が白手袋を填めた手で壁を二度、三度殴りつける。それを愛宕がやめさせた。しばらく提督は阿呆の目で上空を注視していたが、やがて愛宕を向いた。
「お前か」

「何がでしょう」

「お前が手引したんだな。プロトコルは絶対だ、プロトコルがあればこんなのは不可能だ、私が解いたのはお前しかいない、だからお前しか――」

「提督、言葉が過ぎます」
 強い口調で愛宕が遮った。彼女は提督を睨みつけるが、提督は声を限りに喚き立てた。

「なら他に誰が犯人だッ! お前しか! お前しか可能な奴がいないだろうが! そうでなければ深海棲艦と、テロリストが共謀してここを破壊したとでも言う積りか! そんなことがあるはずないだろうが! 貴様ら艦娘どもが手引したに相違ない! だから私は海軍に女を採用するなと反対したのだ! 艦娘、艦娘、艦娘! 何が知性を用いた栄達ある兵装による護国だ! どいつもこいつも糞の集まりだ! 主席で卒業できた筈だった! あの時奴らが妨害さえしなければ! 艦娘どもが私の作戦を邪魔さえしなければ、貴様らが私の命令通り動いていれば、あれは成功したのだ! 私はもっと良い鎮守府に栄転できて、もっと良い条件で深海棲艦を叩き潰せた! 戦争を好条件で進められたのだ! 大体捨て艦戦法は私が立てたものだぞ!? 私が苦心して! 奴らを撃滅するために編み出した、私の戦術だッ! 道具の分際でそれを恨むなど逆恨みか……! 恥を知れ恥を! 私は再起できる所だったのに、ここの待遇も良くなる所だったのに――全て崩れた! この糞鎮守府の落ち度で! だいたい憲兵共は、艦娘共は何をしていた!? 捨て艦ぐらいにしか使えない役立たずの売女どもが、人間の手足程度にしか過ぎない餓鬼共が何を根拠に海を救うなどと――」

「おやめ下さい、提督」
 周囲の目が提督の異常さにざわめき始める。人間が何人か諌める声を上げるが、提督はそれを聞き入れず乱暴に返事する。中にいた艦娘の一人が撮影をはじめた事に、彼は気づかなかった。脂汗が彼の顔を流れ落ち、肩を苛立たせた提督からは湯気すら立ち上りそうであった。既に彼の理性は失われかけていた。

「そもそも最初から、栄誉ある海軍に女如きを採用するのが間違っていたのだ! 本来、男である我々軍人が屍山血河を築き、男性の血と汗が流れてこそ、銃後の女子供が生活を営める! 我々がいるのは最前線、最も栄光ある軍場だぞ……! その神聖たる場所に女を立ち入らせるなど言語道断! 産むために生まれた生き物が戦うなどどうかしている、後ろでボコボコ男だけ産んでいれば良いのだ! そうだ、この艦娘などというふざけたシステム自体がどうかしている! 私は報告するぞ、この無様で汚らしい構造自体がこれを引き起こしたと」

 愛宕は息を吸い、失礼、と事前に声をかけた。

 尚もまくしたてる提督の腹に、拳を一つ叩き込む。女の体をしてはいるが、肉体強化によって百キロ程度であれば持ち上げられる体だ。げへぇと提督は反吐を吐き、すぐに失神した。

 首位の視線は痛々しいものを見る目であったり(これは一般人によるものだ)、唾棄すべきものを見下ろす目であったり(これは艦娘)していた。提督は白目を剥き、無残に倒れ伏している。ずっとこうしてやりたかった、と愛宕は心の中でひとりごちた。この嫌悪すべき男に、一発、ぶちかましてやりたかった。意図せず訪れたその機会の前で愛宕は、案外スッキリしている自分に気がついた。誰も愛宕の行動を責めず、提督代行を買って出る者はいなかった。この場合は秘書艦としての艦娘が一時的に指揮を取ることになる。

「救護班をこちらに。司令官が心神喪失のため、これからは秘書艦である私が指揮を取ります。まず、艦娘たちには警戒の続行を。それと、被害確認のために憲兵らを何人か呼び戻して――」



 最後まで襲撃はなかった。鎮守府爆破の犯人も見つけられなかった。早朝の爆破を除いて海は平穏を保っており、そうして昼が、夜が過ぎていった。他鎮守府からの救援隊は無事に到着した。大多数が艦娘らで占められた隊はただちに人間の避難を優先に行動し、艦娘や警備班らは被害確認のために鎮守府内のあちこちに散った。爆破に用いられそうな物も見当たらず、ひとまず爆破テロはこれで終結した、と報告書に記入された。ひとまずテロはない事が確認されたため、やや遅れた時期に報道班らが鎮守府へと到着した。このテロ事件全般については戒厳令を敷くことが決定付けられていたが、どういうわけか、どこからか情報が漏れた。それらはとある艦娘らとツテのあった記者の一人に繋がり、その記者は密かに爆破された鎮守府へと潜り込み、特ダネ扱いで新聞へとすっぱ抜いた。

 数日後には報道陣が大挙して押し寄せ、事態の隠蔽が不可能になった事を海軍へと告げた。

 深海棲艦による小規模な奇襲があり、鎮守府が若干の被害を受けた……そうしたニュースが大きくひっくり返され、大規模な爆破テロについて広報担当者と提督は釈明を求められた。内地から不便を押して到着した彼らは、仮に作り上げられた記者会見場で、一秒以内に自分たちの情報を配信できる環境の下で、矢継ぎ早に質問を投げかける……現在の様子は……なぜこのようなテロが……犠牲者は果たしているのか……これは一体どういう事なのか……記者会見を開いた提督は(事件以降、彼の顔色は疲労と心労と怒りで白くなっていた)、深海棲艦らの奇襲で鎮守府の施設はダメージを受けたものの、犠牲者はいない。爆破事件については調査中である。原稿に書いてある通り、一方的にそう告げて、記者会見の終了を宣言して席を立った。

 金剛たちが横断幕を手に、旗を手に記者会見場へと詰めかけたのはその瞬間であった。

 口をあんぐりとさせた提督の前で、報道陣のフラッシュを浴びながら艦娘たちは、提督の証言とは真逆の事を語った。現場で起きた事、提督が心神喪失状態になった事。その後の処置に大わらわとなり、隠蔽を目論んでいた事……録画したビデオも流された。

 そして自分たちが、捨て艦として使われている事を。

「私達は、艦娘デス」

「私達はここで、捨て艦戦法という戦術の下で、ずっと殺されてきまシタ」

「こんなの、おかしいデース! 私達は、もっと自由に……艦娘としての矜持を持って、戦っていいはずデース!」

「戦って沈むなら本望、だけどこんな殺され方は……絶対、許容できまセン!」

 それはさながら奇妙な光景であった。

 多数の戦艦艦娘たちが一丸となって旗や横断幕を掲げ、記者たちへと主張を続けている。焚かれるフラッシュ、配信される映像、提督の怒号は他の記者たちに制止させられ、憲兵代わりの艦娘はそれらを完全に放置していた。人間すら止めようがないと判断したのか、記者たちに任せていた。誰もがそれを中継しながら、金剛たちの言葉に聞き入っていた。そもそも捨て艦自体を知らない記者が圧倒的に多かったのだ。ほぼ人間である存在を特攻覚悟で敵の中心へと突っ込ませる事……倫理や道徳を端から無視し、多数の敵撃滅のため、一人を犠牲にするやり方……海軍にとっては当然のやり方を、文民たちにとっては寝耳に水の、さながらヒトガタを奴隷として扱うおぞましい事として映った。犠牲者無しのテロ事件から艦娘らの自爆戦法抗議へと、段々と比重が変わってきた。全てのカメラが金剛たちの言葉を記録し、外界へと流した――これは後に、あらゆるワイドショーやニュース、テレビ番組を騒がせ、後に艦娘らの人間性を問う社会運動にまで発展していく事となる。そして金剛たちの言葉が尽きると、記者たちは質問をはじめた――あなたが艦娘になった動機は――なぜこれを捨て艦と言うのか――ここでは何人が犠牲になったのか――どのような待遇を望むのか――

 生放送で国土全体へと報道されていたこのニュースが、一つの広い部屋の中、紫煙が立ち込める部屋の中でも流れていた。広い丸テーブルについていた男性たちはいずれも壮年であり、それぞれが戦士の貫禄を漂わせながらも、知将としての老練さも雰囲気に滲ませていた。肩や胸には勲章、徽章が紫煙を浴びながら、なおも往年の輝きを失わない。テーブルには何枚かの書類が置かれていた。全員が画面に釘付けとなっている中、一人が一人に話しかけた。一人はやや顰め面をしたものの、横の一人が賛同する声を出した。更に一人が言葉をつなげると、全員がさもありなんという風にうなずいた。顰め面は頭をバリバリと掻き、良かろうという風に頷いた。やがて最初に声を上げた一人が設置されていた電話を取り上げると、外部へと連絡した。少しの言葉のやりとりがあった後、男は電話を下ろした。それからまた全員が煙草の煙を吹かしつつ、テレビの模様を、アナウンサーが早口にひたすら中継する様を見守った。一人がサインする音が部屋に響いた。

 五時間後、戦力の不適当な浪費という理由で提督の更迭と、地理的な不便さを名目とした、鎮守府の解体とが決定された。後続の鎮守府は建設されず、用地を均した後は、ここから海軍は本格的に撤収する。そこに属する艦娘らは近辺の鎮守府に転属する事となる。それを耳にした提督は泡を拭いて失神したが、今度は誰も助け起こさなかった。果たして提督が自殺するのではないかと、再度の心神喪失を名目に、数日ほど監視がついた程である。彼は鎮守府に対する悪罵と罵りを医師や監視役へと語り、自分にはやるべき事があるのだ、と延々と垂れ流していた。彼らは頷きながら、こいつは半分おかしいと内心で思っていた。事後処理は全て愛宕が行い、二週間ほどして、全てのやるべき事を終えた鎮守府では、瓦礫の撤去作業や清掃の音を遠くに聞きながら、提督のスピーチが行われた。要するに茶番であったそれを、誰もが心中で中指を立てながら見ていた。見せかけだけの見送りも行われ、提督はこうして鎮守府を去った。数ヶ月して提督が短銃で頭を撃ちぬき自殺したニュースが流れたが、既にその頃の提督は地位ある人間でもなかったため、特に注目されなかった。

 多くの艦娘たちが心配していた金剛たちの処遇であったが、彼女たちは横須賀や呉など、名だたる鎮守府へと移動することが決定した。そちらの提督からの連絡によれば、戦艦タイプは不足しているので、是非とも欲しい。戦力としてバリバリ活用させてもらおう、という事に要約される。転属が決まった日の夜は、《金剛宿舎》で盛大なパーティーが行われ、英国式のティーも(他の艦娘たちがカンパした金で買ったのだ)振る舞われた。やがて宴もたけなわとなると、金剛たちは宿舎の裏手に出て、できる範囲で埋葬した九人の金剛たちを、ヴァルハラへと昇っていった彼女たちを悼んだ。金剛たちが死んだ事で、彼女たちの犠牲が他の援助を呼び起こした事で、今の金剛たちがあった。そこで少しだけ、彼女たちは泣いた。それから自分たちが絶望していた時に、それを引きずり上げてくれた一人の艦娘に手を組んで感謝しながら、中へと戻っていった。パーティーをし、お互いの別れと健闘を祈りながら、やがて来るべき本物の戦場に向けて、未だ早い凱歌を歌う。多くの金剛たちは喜びを、辛さを、そして戦意とを秘めながら、日々を過ごしていった。未だ外部の警察機構によって監視され、第二のテロを阻止するために警戒の色が冷めやらぬ場所ではあったが、金剛たちの喜色を湛えた叫びは、空へと大きく散っていく。

 高雄型一番艦、高雄はテロ現場周辺では最後まで発見されず、唯一の行方不明者として詳報に記録された。



 後、海軍本省より全鎮守府へと発信された電報より。
「発 海軍本省
 以前ヨリ巷ヲ騒ガシテイタ 金剛型一番艦等ノ艦娘囮戦術 以後ハ通称トシテ呼バレル捨テ艦ト呼称
 実情ニ関シテハ各提督ヨリ報告セラルモ コレマデハ戦術戦略ノ要トシテ看過ス
 然シナガラ昨今ノ人権問題ノ浸透ニヨリ 人権 風紀 治安ノ紊乱ナドの諸問題ヲ引キ起コスモノトシテ認定サレタリ
 又艦娘モ人間ト状況ハ同様ノ物デアリ 人デナク軍馬軍用犬ト同ジ扱イニスル事ハ大イニ問題ヲ認メル
 彼女等ノ戦闘技術或イハ精神性ニヨッテ艦娘ラハ独自ノ階位ヲ占メテイル為 十分配慮シタ作戦ヲ立案スル必要アリ
 戦争終結後ハ解体サレ人間トシテ復帰スル為 艦娘ヲ精神性含メ十二分ニ活用スルコトガ重要ト思ワレル
 拠ッテ此処ニ、海軍ハ捨テ艦戦術ヲ公式ニ禁止シ 海軍ソノ他ノ戦力を不必要ニ削ガレル事ナク深海棲艦ニ勝利スル事ヲ命ズ
 類似ノ生キ餌作戦 或イハ囮作戦ハ尽ク禁止デアリ 明確ニ反シタ場合ハ厳罰ヲ辞サナイ
 深海棲艦撃滅ヲ至上トスル昨今デアルガ 我々ハ戦理ニ拠ッテノミ立ツニ非ズ 銃後ノ市民ヤ艦娘自体トノ円滑ナ意思疎通モ又 重要ナ戦争手段デアル
 戦術戦略ソノモノヲ否定ハセズ 然シナガラ重大ナ問題ヲ引キ起コス自爆ヤ特攻作戦ニツイテハ各鎮守府ニテ十分深慮スル事」 


《下・エピローグへ》
復路鵜
2014年04月20日(日) 13時10分05秒 公開
■この作品の著作権は復路鵜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
高雄が工廠で物を探したり、爆破作戦を企む辺り、ややモッサリしすぎたかなあと個人的に気になる所です。むむむ。課題。

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Click!! 30 Lainey ■2017-04-27 04:28:57 5.188.211.170
Click!! -20 Cassandra ■2017-04-27 02:46:30 5.188.211.170
Click!! -30 Anisha ■2017-04-26 17:12:54 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! -30 Suzyn ■2017-04-26 15:49:36 5.188.211.170
Click!! Click!! 10 Caro ■2017-04-26 14:48:43 46.161.14.99
Click!! -20 Janeece ■2017-04-26 14:23:43 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Kalin ■2017-04-26 13:01:19 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! -30 Chiana ■2017-04-26 12:43:23 5.188.211.170
Click!! 10 Jaylynn ■2017-04-26 11:41:51 5.188.211.170
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Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Idalia ■2017-04-26 10:39:21 5.188.211.170
Click!! 30 Daveigh ■2017-04-26 09:45:08 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Dolley ■2017-04-26 08:52:10 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Rosie ■2017-04-26 08:28:24 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Dortha ■2017-04-26 08:23:13 5.188.211.170
Click!! Click!! 30 Indian ■2017-04-26 08:07:53 5.188.211.170
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Click!! Click!! Click!! 50 Aundre ■2017-04-25 18:31:24 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Keylon ■2017-04-25 16:32:46 5.188.211.170
Click!! Click!! -20 Tessa ■2017-04-25 16:00:33 46.161.14.99
Click!! -20 Xadrian ■2017-04-25 15:50:35 5.188.211.170
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Click!! 30 Spud ■2017-04-25 14:38:21 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 30 Easter ■2017-04-25 13:20:54 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Cornelia ■2017-04-25 13:15:25 46.161.14.99
Click!! -30 Johnavon ■2017-04-25 13:01:40 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Cheyanne ■2017-04-25 10:08:42 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Dortha ■2017-04-25 10:02:31 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Bubba ■2017-04-25 08:49:38 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Taran ■2017-04-25 08:26:53 46.161.14.99
Click!! Click!! 30 Gracelin ■2017-04-25 08:16:54 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Elmira ■2017-04-25 08:08:30 5.188.211.170
Click!! 30 Lark ■2017-04-25 07:03:36 46.161.14.99
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Click!! Click!! 10 Jonnie ■2017-04-24 23:07:59 5.188.211.170
Click!! Click!! -30 Alexandra ■2017-04-24 21:45:06 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Rumor ■2017-04-24 21:28:54 46.161.14.99
Click!! 50 Marylada ■2017-04-24 21:00:16 5.188.211.170
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Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Amberly ■2017-04-24 18:49:14 46.161.14.99
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Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Youngy ■2017-04-24 16:22:17 46.161.14.99
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Click!! Click!! Click!! 10 Nettie ■2017-04-24 14:54:18 5.188.211.170
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Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Stone ■2017-04-24 12:28:31 5.188.211.170
Click!! -20 Kailin ■2017-04-24 10:13:20 5.188.211.170
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Click!! Click!! Click!! 50 Cammie ■2017-04-24 08:47:49 46.161.14.99
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Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 River ■2017-04-24 04:39:37 5.188.211.170
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Click!! -20 Cammie ■2017-04-23 08:16:43 46.161.14.99
Click!! 30 Patsy ■2017-04-23 08:02:35 5.188.211.170
Click!! 50 Kailey ■2017-04-23 06:30:04 46.161.14.99
Click!! -30 Destrey ■2017-04-23 06:24:27 5.188.211.170
Click!! -30 Janay ■2017-04-23 06:05:29 46.161.14.99
Click!! -30 Cherlin ■2017-04-23 04:36:27 46.161.14.99
Click!! -20 Gildas ■2017-04-23 04:10:43 5.188.211.170
Click!! 50 Bubber ■2017-04-23 04:07:14 46.161.14.99
Click!! -20 Kierra ■2017-04-23 03:50:30 46.161.14.99
Click!! -30 Hetty ■2017-04-23 03:37:28 46.161.14.99
Click!! 10 Melly ■2017-04-22 23:06:26 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Doc ■2017-04-22 22:31:14 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! -20 Reignbeau ■2017-04-22 21:56:34 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Barbi ■2017-04-22 19:00:28 5.188.211.170
Click!! 10 Eternity ■2017-04-22 18:30:06 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Mimosa ■2017-04-22 17:36:14 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Tish ■2017-04-22 17:15:25 46.161.14.99
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