【艦これ】うまれかわる
twitter企画『深夜の艦これSS60分勝負』にて、投稿したSSの再加工版となります。
テーマ:改二
登場キャラ:霧島 金剛 比叡 榛名 など
企画についてはこちらからどうぞ:http://mizunanana.web.fc2.com/kancolle.htm
twitter検索は #深夜の艦これSS60分勝負 で、どうぞ!


 鎮守府。音もなく工廠内部に存在する改造室のドアが開いたが、それを聞いたのは実際に開けた金剛型四番艦戦艦の霧島だけであり、周りにいるだろうスタッフも、廊下を歩く作業員や掃除夫らも耳にすることはなかった――ドアを開け閉めする音はあまりにも静かで、それに霧島ですら驚いた。

 現在の霧島は《改二》と呼称される姿形をしていた。セットされた艤装には、これまでにないほど十分な力が宿り、今は兵装管理室に回されている武装もこれまでとは若干異なっていた。改造によって艤装から発現した備品らは、後に入念なチェックを受けてから霧島あるいは他の艦娘に渡される筈である。しかし、使っている眼鏡のフレームまで変わることになるとは思わなかった。目を覚ました彼女に差し出された眼鏡はこれまでとは異なっていて、他人のそれを渡されたのではないかと一瞬勘違いした程だった。「そういう仕様だ」と技術者は口にしていたが、霧島としては長期間愛用していた眼鏡だったので、交換がフレームのみとしても何かしら違和感が残った。あるいはこれも艦娘識別用のシールとして用いられるのかも知れないが……そもそも、艦娘に眼鏡をしているのはそれほど多くない。

 ひとまず、腕や肩を回して身体や艤装の調子を確かめる。心地よい。艤装はなめらかに動作するし、身体も前より柔らかくなった気がする。金剛型の戦艦は、榛名を残して全てが改造の最新段階に至っていたから、きっとお姉さま方も同じ感じだったんだろうな、と霧島は思った。早く彼女たちの輪に入りたいという気持ちがあった。改二を果たした者同士は集まると、もしかして改三、四まで延長されるんじゃないかと噂する事も多い。そこに時折参加する榛名と霧島は、未だそういう改造を経験した事のない艦娘として、どことなく寂しい気持ちも味わっていたのだ。だが、今は自分が榛名を置いて先に改修された事になる。若干の申し訳無さはあったが、それ以上に早く金剛お姉さまや比叡お姉さまと話をして、自慢をしたい気持ちもあったし、別の考えもあった。霧島改二の話は榛名も聞き及んでいるだろうから、多分自分が蚊帳の外に置かれたような気分を味わっているだろう。なので慰めるために間宮製の羊羹でも買っていってあげようか、と霧島は考えた。一旦執務室で提督に報告してから、霧島や比叡と話をする。それから売店へと向かい、榛名用にラッピングもしてもらう。早く改造されますように、もっと強くなれますように、という願いも込めて。

 だいたいのシミュレーションし終えると、霧島はそれを自分の記憶回路にインプットする。映像やイメージが頭を伝い、するすると保存されていくイメージ(イメージをイメージするというのが、何ともメタだ)を想像する。霧島はそういう風に物事を記憶し、習慣づけている。他の艦娘たちはそれこそ普通の人間のように覚えているものだろうが、霧島だけはそうしたやり方よりも、PCがインプット・アウトプットをするように脳を動かすのが好きだった。これは要するに、好みの問題だ。提督――比叡に金剛――売店――榛名。よし、大丈夫。榛名にする話や、比叡や金剛にする話も、きちんと定義付けた。いつでもOK。突然話を振られて慌てなくても済む。

 霧島は一つ呼吸をして、それから工廠の廊下を歩き出した。



――比叡姉さん、ごめんね。私、艦娘候補試験、受ける事にしたの。もう書類も貰ってきたわ。もう止めたって聞かないから。決めたんです。
――やっぱり、様子が変だと思ったらそうだったの。霧島、これ見て。
――えっ! これは……姉さんも!? そんな、私だけだと……
――私だけじゃない、金剛お姉さまに、榛名だってそうよ。お父さんにお母さんはすごく反対したけど、最後は折れてくれた。お国のために、頑張って来なさいって。生きて帰って来なさいって。不思議よね、姉妹全員が届け出るなんて。
――そんな……でも……嬉しい、です。
――どうして?
――艦娘の列に入るのが私だけだったら、他の子に馴染めるかなって、ずっと怖かったんです。でも、お姉さま方がいるなら、大丈夫です!
――そうよね。じゃあ、一緒に書類を書く? 戸籍に希望する科、志願に当たっての意気込み……書き込む所、たくさんあるし。
――私はもちろん、戦艦クラス! スマートな戦艦になって、お姉さま達をサポートするの! 試験が難しくても、何のその! きっと、合格してみせます!
――あはは、嬉しいねー。じゃあ、私も戦艦を目指すわ。お姉さまみたいに強くなるのが目標だし……あなたも、お姉ちゃんのサポートをお願いね。
――うん、分かった!



 提督の部屋までは徒歩でそれなりにかかった。工廠と執務室の場所は安全保障の観点からも距離が離れている。連絡も直通電話が敷かれている程度で、二つに用事がある人間が行き来するのはあまり楽ではない。敷地内では外部の補給や荷物運搬以外に車は使えないし、自転車も事故の元になるから良い目では見られなかった。だから霧島は工廠から出て執務室へと向かう際、ずっと歩いていた。歩きながら考え事もしていた。改二になった自分と、提督に報告するための文章を頭でまとめ、形にする。手元にレポート用紙でもあればメモ程度に書けたのだが、あいにくと手ぶらだった。手ぶらで入って、手ぶらで工廠から出てきた。それで良かった筈だ。

 実のところ霧島は、自分が改二の処置を受けた時、どのようにそれが執り行われ終了したのか覚えていなかった。改造前の自分が部屋に入ったことは分かるし、マスクらしきものを装着した異様な風体の科学者たちが機材や装置をいじりまわしていた事は覚えている。機材の一つには《部外秘》と紙が張られており、霧島は、ああ自分が別世界にやってきたんだな、と思うものがあった。部屋の空気にはオゾンの香りがして、どこかしら胸に何かを突き通すような、透明な何かをねじ込まれる感覚があった。よそ見を許さぬ雰囲気、緊張と静謐が支配する場に霧島はいた。自分が場違いな所に来てしまったような趣さえ感じたものだから、一瞬彼女は、もし誰からも呼ばれなければこのまま部屋を出てしまおうか、とすら考えた。だが白髪の科学者らしき人物が近づいてきて、

「君が金剛型の霧島かね」

「あ、はい」

 彼女はいつもするように、海軍式の敬礼をした。艦娘であるからには兵器と同一であり、それを用いる科学者は上官も同じ、と言う教訓を身体に叩きこまれていた。「改二処置を受けるために参りました。こちらが書類で――」

「いらん。後でその辺の机に置いとけ」
 白髪は霧島の言葉を途中で切ると、スイと彼女を先導しはじめた。最初に苦手意識を持ったのはここからである。改造の区画は決して広くはないはずなのに、奥行きも見えない長い廊下を歩いている気分だった。未だに自分が場違いだという印象を抱きながらも、霧島は進んでいく。他に改造処置を受けている艦娘――駆逐艦の子だ――が、イスに寝かせられているのが見えた。頭にはヘッドギアをつけていて、時折身体がビクリと動いていた。開発も兼ねているのか、航空機あるいは攻撃機らしき機体が、強化ガラスで区切られた一室でテスト飛行をしているのが見えた。ここまでは、まだ覚えている。テスト飛行に立ち会っていた白衣の一人(男なのか女なのか分からない)が霧島をチラリと見やったことも覚えている。なぜだか息苦しくなって、彼女は胸を押さえて深呼吸した。そもそもどうして自分がここに来たのか、それをも彼女は忘れかける所だった。深海棲艦らが生息する新海域開拓のため、戦力増強の一環として、戦艦霧島を改造する、という立ち位置だった。動悸がやや激しい。

「苦しいかね」
 白髪が突然尋ねたものだから彼女は驚いた。だが表面的には落ち着いて「ええ、少し」と答えられた。

「君ら艦娘はいつもそうだな。ここへ来ると、大抵苦しがる。嫌な顔をする者もおるし、露骨な顰め面をする者もいるのだ。全く、誰のおかげで戦えているのやら。君はどうかね。ここから逃げ出したいか」

 白髪の言葉には棘があったが、霧島はつとめて無視するようにした。相手が所詮艦娘と侮っているようだが、変にかかずらうとろくなことにならないから、受け流すのが一番だ。研究者には変わり者が多いから、霧島もそういうカテゴリに相手を押し込めてしまう事にした。上官の嫌味は笑顔で流すのが最善。

「特には」と答えた霧島を鼻で笑った白髪は、止まった部屋に入るよう指差した。特に表示はなく、磨りガラスの向こうはぼんやりとしか見えていない――椅子か、ヘッドギアでも置いてあるのだろうか。

「入って、椅子に座れ。それからそこにあるヘッドギアを着けろ。他の事はしなくても良いし、見る必要もない。するだけの物品も置いてないがな」

「私一人で行うのですか?」と霧島は尋ね返した。暗にこの科学者がいなくても良いのかという言葉が込められていたが、相手の返事はなかった。白髪は白々しい表情を浮かべて顎を擦りながら、

「まあ入り給え」

 そうして霧島はドアを開け、入室する。中には――

 そこで彼女の記憶は途切れていて、気づいたら部屋の外に出てしまっていた。あの白衣の姿も見えず、霧島は改二の身体のままで、工廠を退出させられた。腑に落ちない、というのがはじめに抱いた印象である。自分の艤装を弄るような、そして己の眼鏡のフレームを変えるような大仰な出来事なのに、それを当事者である自分は全く知らない。というより、記憶させてもらえない。そこに何かしら違和感や、疑念が生まれるのも無理はなかった。頭の中で記した原稿そのままを提督に報告しながら霧島は、頭の底の底で――あの改造区画で自分に何が起きたのだろうと思っていた。確かに艤装には力が宿り、強くなったと言えるだろう。だがその源が不明なのでは、こちらとしても納得がしにくい。

 口頭報告を終えて部屋から出ると、バッタリと比叡に出くわした。既に改二にされていた比叡は演習でもしてきたのか、やや煤けた顔をしていた。

「あら……比叡。外に出ていたの? ゴミがついてる」
 霧島が比叡の頭についていたゴミをとってやると、彼女はなんとなくくすぐったそうな顔をした。

 霧島はつい最近――というか鎮守府に配属されてから――比叡の呼び名を変えた。金剛に対してはお姉さま、と従来の言葉を変えなかったのだが、比叡だけは名前で呼ぶ事にしたのだ。そんな事言われると姉さんは悲しいぞーと彼女は最初の頃ボヤいていたが、霧島は頑として変えなかったため、結局それで定着した。その理由は……一言で煎じ詰めれば、早く比叡のように強くなりたかったのだ。学校では運動部に入っていた活発な比叡。引っ込み思案で授業ばかりに精を出していた霧島と異なり、友人とも打ち解けて、さっぱりした関係を築いていた比叡。そして金剛お姉さまを尊敬し、一日でも早く近づこうと努力していた比叡。自分もそれにあやかりたいと思ったのかもしれない。こればかりは榛名にも金剛にも、そして比叡にも絶対に言えない、霧島だけの秘密であった。これがバレる心配はないだろうが、いずれ誰かに露見するのではないかと、深夜にふと目が覚めると無性に心配になる。

「やめなさいよ、私だけでも取れるし……って、あ」
 比叡は目を見開き、まじまじと霧島を見つめた。
「霧島、今日改造されたんだ! 良かったねぇ」
 比叡はすぐにニコニコ顔になると霧島の手を取り、ぶんぶんと振った。手が大きく揺れている。そこで霧島は、ふと気づいた。

 前までは比叡と背丈が同じくらいだったのに、今では霧島がわずかに比叡を越している。

 そんな事あるのだろうか、と瞬間的に霧島は思った。確かに自分たちは性徴期で、女の子としても多感な時期だし、身体的な面でも気がついたら背が伸びているという事もあるかもしれない――だが一日二日で、こんなことがあるものだろうか? そうすると目線の高さも今までとはわずかに異なっていた事に霧島は気づいて目を他所に向け始めたのだが、そこで比叡が声をかけた。

「ねえ、痛くなかった? なんか私、改造された時に痛かった記憶があるんだよねえ。頭の方がズキズキしたって言うか、なんとなく筋肉痛って言うか、ね。なんでだろ」

「筋肉痛……そういう事があったの?」
 霧島はキョトンとして、比叡に尋ね返した。彼女はうんうんと頷いた。話の流れが改造に変わってきたので、ちょうど良いと霧島は更に質問をぶつけてみた。自分の経緯を語り、「それで比叡、あなたが改二になった時は……どうだったの? その時の事、覚えてる?」

 比叡はなんとなく不思議そうな顔になり、それから辺りを見回し……頬を掻いた。

「うーん、私もあんまり。なんか改造する時って、頭にぼんやりして、あまり残らないのよね。でも、そんなの別にいいじゃないの。何か困るわけじゃないし」

「良くはないわよ、自分の身体に起きたことだもの。ちゃんと確認したいって思わない?」
 そうよそうよ、と霧島の中にある回路が声をあげて賛同する。少なくともこの点で霧島と比叡にはすれ違いがあるわけだが、霧島に譲る気はなかった。つまり今の彼女は一直線だ。

「そうねぇ……」と比叡は改二になり、ややボーイッシュになった髪に触れた――あるいは、改造した直後にスタイルを変えてみたのだろうか? 霧島の中で、その辺りがパッとしない。思い出せず、どことなく頭に靄がかかったようになっている。それを考えれば、他の北上や大井だって服を変えているし、木曾に至ってはマントをつけるようになったのだ。みんな、改二にした辺りで何かが変わっている。自分の場合はそれが背丈であったり、眼鏡のフレームであったりする。何か変じゃないだろうか? どうしてこうも変わるのだろうか?

「ねえ、金剛お姉さま知らない?」
 霧島は尋ねた。一度気になると、やはり同じく改二になった金剛にも、聞いておかなければ気が済まない。彼女もまた大人びたというか、雰囲気が変わったようだった。今ではその変化に羨みより、疑念の方が強くなってきている。

「お姉さまなら……さっき出撃してきたから、まだ寮かなあ」
 比叡が戦艦の住まう寮の辺り――鎮守府西側の辺りに目を向けた。そこに同じく戦艦である比叡や霧島の部屋もある。
「多分今頃は報告書類を書いてるんじゃないかな」

「そっか。じゃあ、ちょっと金剛お姉さまに尋ねてみるわ。ありがと」
 霧島は戦艦寮に向かって廊下を歩き出そうとした所で、比叡が彼女の肩に触れた。ねえ、と声がかかる。

「別に……そんな、気にしなくたって、いいんじゃない? 私にとって、霧島はどんな姿してても霧島だし。それに強くなって、眼鏡だって格好良くなったから、私は、今の霧島の方が好きだなぁ」
 そこで比叡は言葉を切って、霧島を見つめた。比叡の目は笑っていたが、顔はなぜか真剣そのもののようで霧島を戸惑わせる。
「ところでさ、お姉さまも忙しいんだから、そっちはやめて、これから一緒にカフェに行こうよ。私が飲み物奢ったげるからさ。霧島がスコーンでも買って、一緒に食べながらお喋りしよう。霧島の艤装をもっとよく見せてほしい」
 何か、今までの比叡と異なるものが彼女の目から流れでて、霧島の中に入り込んでくる。彼女は確かに比叡だ。霧島の知っている比叡だ――でもどこかが違う。何かが決定的にズレていた。霧島は後になってそう結論づけた。そうでもなければ、比叡の誘いを突っぱねて金剛の所に行く自分を、どうして想像できるのだろう? どうして姉妹の誘いを無碍にしたのか……何かしら、自分の中にそうさせるだけの動機があったんだ、と考えなければ割に合わない。霧島はゆっくりと比叡から離れた。

「誘ってくれてありがとう。でも私……やっぱり、気になるの。比叡や金剛お姉さま、榛名を頭脳面でサポートするのが私だから……だから、知らない要素を無視して進めるなんて、我慢できないの。ごめんね! 後でお茶は埋め合わせするから!」
 霧島は小走りに廊下を駆けて行き、後には霧島の肩に手を置いていた比叡が残された。彼女は無言だった。黙ったまま、霧島を見送っていた。



――榛名! 榛名ー! やっと帰ってきた! もう、どこまで行ってたのよ! 心配したんだから!

――ごめんなさい……榛名、犬さんを探してたの、学校の帰りに見つけて……歩いて……道がわかんなくなって……

――榛名はとなり町まで行ってたデース。まったくもう、そんな楽しい事、お姉ちゃんに言わないなんて酷いデスヨー?

――金剛お姉さまはピントがズレてます! もう少しでお巡りさんを呼ぶ所だったんだから、日が暮れる前に帰ってきてよ!

――ごめんなさい……うわぁあん。

――私だって……私だって、榛名が悪い事にならなきゃいいって……ずっと心配してて……うぁぁん、無事で良かったよぉ。

――霧島は泣き虫ねえ。ほら良い子良い子。榛名は帰ってきたんだから、いいじゃない。ね? 金剛お姉さま。

――そうデース。ほら榛名、犬を見せてくだサーイ。あーカワイイネー! 家で飼うデス?

――うん……飼いたい、です。

――じゃあ名前も付けなきゃいけないネー! さ、お家に入りまショウ! お父様やお母様にただいまも言わないとネ!



「それで、霧島は私の所に来たわけデスネー」
 金剛は英国で誂えたような豪壮な椅子に座り、ゆっくりと足を組んだ。ここは金剛の私室であり、戦艦一人につき一部屋が支給されている。そして金剛は戦力頭でもあるから、待遇も目に見えて良い。その他彼女の部屋には提督を盗み撮りしたような写真やら、提督らしき詰め襟男の子を模して作ったぬいぐるみ、そして自分と提督とのツーショット写真が所狭しと飾ってあって、なんだか別の意味で息苦しい。

 霧島は比叡と別れてからすぐに金剛の元に向かって来た。寮に入ると艤装が大きい関係で広くとられている廊下を通り、忙しいのを承知で金剛の部屋へと飛び込んだが、彼女は快く話に応じてくれたから、それが少なからず霧島を安堵させた。

「そうなんです。本当に、気づいたら改二になっていたようなもので……気になったから、他の知っている人にも、話を聞きたいんです」

「私は……なんでしょうネー、覚えてるものと言ったら、提督に抱っこされてるみたいにフワフワな感じで、気づいたら改二になってたネー。で、霧島と同じようにラヴリーな提督に報告したって訳デスヨ」
 ニコニコの笑顔で金剛が言う。ここで茶化すのはどうかと思った霧島が険しい顔をしていると、金剛は自分の毛を弄びながら、どことなく穏やかな口調で言った。

「覚えているのは本当にその程度だから、霧島の足しにはならないかもしれないネー。でも、私は特に気にシナイ。なんでかって、それで弱くなるからデモ、不都合が生じるわけでもないカラ。それに、提督も認めてクレルシ」
 一旦言葉を切った金剛は、霧島を見上げて「霧島は改二になって、不満があるノ? 武器は強くなったし、身体も軽くなったんなら……それで、いいんじゃないデース? 私は少なくとも、それで満足ネー。……でも、霧島がずっと悩んでるのは立派なproblemネー。それで迷いが出て、深海棲艦とのbattleで怪我でもしたら、大事だカラ」金剛の顔は穏やかながら、注意を促すものとなっている。霧島は唇をきゅっと引き締めた。

「私は霧島に、入渠して欲しくはないデース。中破も、大破も、ましてや轟沈なんて嫌デース」

 金剛の瞳にじっと見つめられると、霧島の中に何やら罪悪感のようなものが、あるいは自責のようなものが湧いてきた。自分がわからないことを追求するのは悪くない……けれど、それは他の人に迷惑をかけてまで、知るべきことなのだろうか? 金剛の言うように、悩みで自分を躊躇わせて、とっさの判断を鈍らせるような物で、いいのだろうか? 金剛の言葉を変えれば、つまりそんなどうしようもない悩みなんて持つだけ無駄だ――そうなるが、だけど、そう切り捨てるには霧島の中に煮え切らないものがあった。だから金剛の言葉に頷けないまま、彼女は立ち尽くしていた。

「どうしてそんなに気になるデース? それは、霧島にとって、とても大事なものナノ?」

「そう……です……」
 口にしているうちに、だんだんと意地のようなものが、自分の中の意思と結びついた、性格のようなものが溢れてくるのがわかった。これは他の誰の物でもない、霧島だけの物だ。
「私は……きっと、何かデータのような、カッチリしたような、足場がないと、落ち着かないんです。金剛お姉さまや比叡は問題なく飲み込めるものでも、私は……きっと、そういう事ができない性格なんです。だから、自分の理性を大事にしたい。考えて解決することなら、それを十二分に、解決し尽くしたいんです。データを集めて、均して、式にして、解答を出したい。一足す一は二とか、九割る三は三みたいに、ちゃんと割り切りたいんです。だから、自分が覚えてないって事が、とても気になって、嫌だと思います」
 思考の筋道は殆どしどろもどろだった。呂律もそこまで回っているとは言いにくい……だが、口にすることはできた。口にすると、やはりそうなんだ、と自分の内部に納得がせり上がってきた。そして疑問を解明したいという強い気持ちも浮かんできた。

「それは、今後に支障がでる程デスカ?」

「きっと、出ます」

「どうしても知りたいんデスネー?」

「知りたい、です」

 金剛は暫く黙っていたが、やがて、はぁ、と息をついた(それが霧島の罪悪感を重くさせた)。それから、「いいですヨ」

「と言うと?」

「今夜、また工廠に行くデース。私は後で艤装を再チェックする予定なので、そこでちょろっと、合鍵を作っちゃうデース。外からのSecurityは厳しいけれど、内側なら、全然楽勝デース。あと、今週の戦艦寮の番は榛名だから、あの子も仲間に入れるネー。そのうち改二の期会があると思うし、いい機会デス」

「ということは……改造室の中に、入れるんですね!?」
 霧島は立ち上がったが、そうした自分の反応と強い興奮に自分自身が驚いていた。だがこれで……己の好奇心が満たされる。きっちりとしたデータになってそれは霧島の中に保存され……然るべき時に役立つだろう。そのデータは霧島だけの特例なのだろうか? そうではない。霧島を通じてそれは四姉妹に分散されるだろうし、四姉妹の力は、やがて鎮守府を縁の下で支える物となるだろう。そう考えられる事が掛け値なしに嬉しかった。

「それじゃ、二三三○……工廠の裏口に集合ネー。その時間帯に警備員が交代するから、隙をついて侵入するネー! Let's sneaking mission!」



――お姉さま! おめでとうございます! 改二になれるなんて……榛名、すごく嬉しいです!

――ありがとデース、榛名。比叡に霧島も、お祝いしてくれてありがたいデース。えへへ、明日には新しい私になれるデース。提督にもお披露目しなきゃネ!

――金剛お姉さま、おめでとうございます! 私も早く練度を上げて、改二になりたいです……!

――まだ比叡の改二なんて、噂でしか伝わってないじゃない。もしかしたら、私の方が早いかも知れないわね?

――そういう霧島は、改二の噂すらないじゃない。そんなのが張り合おうだなんて、意味ないわよ。

――まあまあ二人とも、いいじゃないですか。榛名も早く改造されたいです。それで、提督のお役に立ちたいです!

――おやー榛名チャン、提督は渡さないネー? 提督のHeartを射止めるのは私デース! でも、榛名にも強くなって欲しいデース。

――その通りです。金剛お姉さまも、榛名も、私もきちんと強くなるのが最善です。霧島は……まあそのままでいいんじゃない?

――その言い方は気に食わないわね……いいわ、私だってきちんと強くなって、改造されるよう、頑張るんだから! 

――その時は、よろしくお願いするデース! みんなも、頑張るネー!



 報告、小規模演習、そして整備と書類を終えて、とうとう待ち遠しかった夜が訪れた。霧島は秒針や短針が動いていく度に、自分の中の興奮が溢れるのを抑える事が難しかった。柄にもなくウキウキして、装備点検を二回も繰り返している事にも気づかなかった。そして迎えた二三二○、霧島は時間つぶしの日誌から顔を上げ、軽く支度をすると外に出た。寮の玄関には、榛名が壁に寄りかかっているのが見えた。手に持っている高速修復材は、金剛からの賄賂だろう。これが生理痛や二日酔いなどの体調不良に効く事は、外部には知られていない事実だ。鎮守府の風紀は、他所の想像よりも固いものではない。

「はーるなっ、私を待っててくれたの?」

「霧島……うん。でも、番をサボったなんてバレたら、武蔵さんとかに怒られちゃうかな」
 榛名は手に持った修復材をいじりながら、なんとなく落ち着かなさそうにしている。

「だったら待ってていても良かったのに。私としては、一人の方が好都合なんだけど」

「だって、私は改造を一回しか受けてないから……改二ってどんな物か気になるもん。それにこれももらっちゃったし。ほら、早く行こう。他の人は知らないんだから」
 二人は早足に寮を出ると、工廠へと向かう。建物の手前で、そこに向かっていた金剛と合流した。

「hey霧島、なんだか嬉しそうネー。マイシスターがそんな調子だと、私も嬉しくなっちゃうネー」

「えへへ……なんだか嬉しくて。それに、お姉様と夜中に行動するなんて、夜戦演習ぐらいしかないから……やっぱり、ドキドキします、です」
 霧島が慣れない様子でもじもじしていると、それまで笑顔だった金剛が、素の表情になった。すとんと、それまでの顔が剥ぎ取られたような入れ替わりで、霧島は内心で驚いた。

「本当に行くんでスネ?」

 目に見えて榛名は戸惑っていた……彼女だけなら、もしかしたら金剛に気圧されてやめていたかもしれない。だが霧島は、頷いた。だから三人は工廠の中へと、入った。前を向いた金剛の表情は、確認できなかった。

 金剛に続いて入る工廠は、白い床に白い壁、スプリンクラーやそちこちに取り付けられた煙探知機、警報装置、そして煌々と灯されていた明かりのせいで、まったく昼間と変わらない姿を見せながら、何かしら冷え冷えとしたものを含んでいるようだった。昼の騒音が取り除けられた空間は蒼白を思わす沈黙を霧島に与える――隣の榛名が怖がっているのが感じられたから、霧島はその手を握った。霧島も少し怖かったのだ。榛名はやや嫌がったものの、やがて受け入れた。金剛はそんな脂汗混じりの二人の様子を見て、やや冷ややかな顔つきになったが、やがて二人を先導していった。変化のない景色、終わりの見えない遠い廊下を足を進めるのだが、実際に前へと向かっているという感覚がほぼなく、その場で足踏みしているだけのような感じさえあった。

 金剛が指し示す方向へと二人はついていく。特殊な素材のせいか、ほぼ足音も立たない廊下だったので、忍び足の必要はなさそうだったが、霧島はあえて歩幅をゆっくりにした。もしかしたら、どこかで秘密を見たくない、という気持ちもあったのかも知れない。榛名が後ろを歩き、金剛がゆったりと前を示す。誰にも出くわさず、何事も見ず、そしてドアの前にやってきた。

《改造区画 関係者以外ノ立チ入リヲ禁ズ》

 霧島は知らず唾を飲み込んだが、ここまで来たらまごついていられなかった。金剛がドアを開けて、中を……あの強化ガラス張りの廊下を、部外秘の紙が張られていた機材の脇を通り抜けていく。とうとうここに戻ってきた……という実感が汗になって、脇や背中から垂れてきた。そして霧島が連れて行かれた部屋の前まで来た。それまで全員が無言であった。誰にも見つからないようにする為でもあり、この場所に対する言葉が見つからないからでもあった。

 金剛が口にした。

「そうそう、一つ言っておくネ」と金剛は口にして、少し黙った。短い沈黙の筈なのに、とても長く思えた。霧島が待っていると、彼女は後ろにいた霧島と榛名を見て、言った。

「私もここで何が起きたか、知らないネ。でも、私は知ることになったデース。それがどういうことか、分カル?」

 霧島が何か言うより先に、金剛は素早くドアを開けてしまった。慌てて霧島が、榛名が中へと入る。中の様子を確認する前にドアが閉められてしまった。ガチャリという音が恐ろしく大きくて、肩が震えそうになった。

 静寂が支配する空間だった。砂粒が動いた音すら響き渡るほど、三途の川を思わす長い廊下が……何時間ぶりに霧島の目の前に広がっている。だがそこは、彼女のそれまでの印象とは異なっていた。廊下のあちこちに箱が整然と置いてあり、積まれてあり、名前が貼り付けてあった。

『金剛』『北上』『大井』『木曾』『比叡』

 それから『霧島』

 霧島が近づいて、ネームプレートを確認しないで一つの箱を覗いてみた。解体された兵装と、艦娘のものらしき制服と、主機や砲塔らしきものが、中にあった。もう一つの箱には蓋がされていて、霧島はそれを開けた。誰もそれを止めなかった。

 最初、それが何なのか分からなかった。だが霧島がそれを理解できないでいると、いつのまにか横にいた榛名が小さく悲鳴を上げた。霧島がそれを掴んで、持ち上げた。

 べろんと音を立てて、《皮膚》らしきものが床に伸びた。すべすべした手触りは本物そのもので、体の一部分にホクロがあった。

 確か大井もこれと同じ位置にホクロがある。

 皮膚と繋がった、まるで頭のような場所(空洞みたいなものが空いていて、中身はなかった)には、毛髪が……茶色い、長い、人のものとしか思えない毛が、流れ落ちていた。

 それを見つめながら、霧島の意識が遠くなる。見ているはずなのに、それを見透かした遠くへと目が動いていき、覚醒しながら失神状態に近いものへと、動いていく。

 箱は廊下のあちこちに、多くの籠に収められ、あるいは密閉された容器に、あるいは見本のように置いてあった。あたかも使用済みであるかの如く、箱の処置は杜撰に見えた。霧島は姉へと尋ねながら、自分の顔がみるみる青ざめていくのを感じていた。榛名は腰を抜かしたのか、立てないでいる。

「……お姉さま、…………あの、皮膚、みたいなの…………」
 そこまでで、次の言葉が出てこなかった。胸につかえていた文字が溶けていく。

「すぐに分かるネー」
 飄々とした言葉が砂漠に吹き抜けるように、金剛の声が響いていく。自分のデータにはない映像が音が、決して体験してこなかった何かが、目の前の空間で起きている。霧島の内部では未だにハードディスクがファイルを保存するように、データが蓄積されている。霧島が立ち尽くしていると、金剛が彼女の手を引き……歩き始めた。待ってください、待ってくださいと涙まじりの榛名が、這いずりながらこっちにやってくる。

「ねえ霧島、私達、姉妹ですヨネ?」

「そんなの、当たり前じゃないですか」目の前の光景から逃れたくて、反発したくて、大声が出た。「お姉さまと私は姉妹ですよ! 榛名だって姉妹! 比叡だって! 私の姉妹で、目標で……!」

「霧島のデータにはそう搭載されてるネー。私もそう思うネー。比叡とも姉妹、榛名とも姉妹……みんな一緒に鎮守府にやってきて、楽しい楽しい艦娘life!」
 霧島は言葉が喉に詰まり、胸も詰まり、ようやく口に出たものは、他人みたいな声だった。

「それって、何ですか。姉様。それは何なのですか。どういう意味ですか」

「それ、作られたものだとしたら、どうする?」
 そこの言葉には一切の英国訛りがなく、一切の感情がなかった。今更ながら皮膚が毛羽立った。

「あ、ここだ」
 金剛がもう一つのドアを見つける。灰色の地金めいたドアには『保管室』と書かれていたが、何が置かれているのか、霧島ははじめて、知りたくないと思った。おのまま帰って、布団に潜ってしまいたかった。記憶を弄れるなら、ここであった事をなくしてしまいたかった。自分の意地や性格云々より、それは本能が発する恐怖だった。影のような後悔がのっそりと霧島に覆いかぶさる。

「開けるよ」
 言うなり金剛は了解も得ずに、音もなく扉を開けた。

 そこには多くの物が敷かれていた……あるいは手術台らしきものに寝かされていた。さっきの箱のようだった。整然としていた。

 金剛がいた。

 比叡がいた。

 大井もいた。

 北上もいた。

 沢山だった。

 みんなみんな、長いような、あるいは短すぎるような廊下に、並べられていた。その身体は改造される前の姿もあり、改造後の姿もあった。みんな目を閉じていて眠っているようだったけれど、頭の部分が、ぱかりと、開いていた。ちょうどスイカの中身を抜き取って皮だけが残るように、セミが脱皮すると皮だけが樹の幹に残されるように、そこに艦娘の……抜け殻としか言いようのないものが、あった。あまりにもその姿が綺麗すぎて、今にも起き上がりそうだった。壁際は死体保管室を思わす造りになっており、握りとネームプレートが記載されていた。向こう側には手術室を思わす扉があり、その手前まで、ずらりと人形のような彼女たちが並べられていた。榛名が、霧島の背中にしがみついてきた。彼女は反射的に振りほどこうとしたけれど、榛名は叫びを必死に抑えながら霧島の背中から離れない。その必死な茶番を金剛がじっと見つめていた。霧島は自分の身体を、改一としか言いようのない、以前の姿を目にした。眼鏡は前に使っていた物そのままで、あまりにも現実さを見せつけていた。

 霧島は驚きも怒りも泣きもしなかった。自身の肉体をあの白髪男がいじりまわし、頭皮に残った髪を整えたり、眼鏡のフレームを整えたりしている様を見ても、何とも思わなかった。彼女の脳はデータをひたすらに蓄積しながら……ただ、蓄積していた。溜めていた。溜池が腐っていくように、自身の脳も腐ってくれれば、と一瞬、思った。霧島の回路は何も言わない。

「なんだ、もう連れてきたのか。一日目って早すぎだろ。お前の監督不行き届きだからな、金剛。お前以外にも管理者いるって事忘れるなよ」
 うんざりした表情で白髪が口にして、手にした電気メスやハンダのような、あるいは人間ではなく機械を弄るような器具を脇のボードに置いた。ゴリゴリと頭を掻いて舌打ちする。
「毎度毎度説明するのは疲れた。そうでなくとも最近は徹夜が多いんだ。金剛、お前がやれ」

「端的に言うと私達、艦娘になる際、脳を移植するんですよね」
 金剛はさっきと同じように、全く訛りのない口調で言った。榛名が涙まじりで呻いている。
「基本的にレディーメイドで生み出されるのが艦娘ですけれど、その度に訓練したり、戦闘の心得を覚えさせるのは、艤装のコスト的に良くないって判断されたんですよ。数も欲しいし、手間は省きたい。だから、艦娘になる時には訓練とかじゃなくて、代わりに脳を弄って、使用する肉体に移植します。弄る範囲も広くて、記憶やら性格やら、戦闘に使えそうなもの全てですね。改造する時も同様です。骨格や筋肉まで手をいれなきゃいけないし、別種の兵装操作技能を覚えさせるのも大変らしいから……ま、要するに肉体を着替えるんです、私達。私達。脳を適宜更新しながら、身体をくるくる取り替えるんですよ。でもこの方法が確立されるまで、何人くらい犠牲になったんですか?」
 金剛が首をひねると白髪がふーむと上を向いた。

「俺も詳しくは知らんが、二、三十人は下らないんじゃないか? まあ、ミスっても内蔵は使えるんだから移植に使えるしな。後は魚が食ってくれる」

 霧島改一としての自分の身体が、目を閉じたその姿が、改二としての霧島の目の前に広がっている。自分の前に自分がいた。おそらくほとんど人間としての彼女の中には内蔵が残っているだろうし、兵装も備えているだろう……だが脳だけがない。それは、自分の頭に、移植されているから。自室で聞けば鼻で笑うような光景が、眼前に広がっている。

「嘘ですよね、金剛お姉さま、嘘なんですよね!?」
 泣き叫んで金剛に取りすがったのは榛名だった。彼女は完全に怯えきっている。
「こんな、こんな作り話……やめてください! 榛名が何か悪いことしたんですか!? 反省しますから! もっと良い戦艦になりますから、そんな怖い事、言わないでください!」

「大丈夫ネー榛名、あなたもとっくに改造済みなんだから」
 ニコリと金剛が笑って、いつもの口調になった。榛名が耳を塞いだが、おそらく丸聞こえだろう。
「みんな言われるとそんな顔するけど、大抵はすぐに慣れるネー。というか、それも込みでまた調整するから、悩みも意味がなくなるね。私も三回くらい調整受けたって言うし」
 ほらアレ、と金剛が指さした先には、頭の中身がない榛名の身体が寝かせられていた。裸だった。横の箱には『榛名』と記されていて、服や兵装がつめ込まれていた。人形そのものの己を見た榛名が、感情を落とした顔になり――心のブレーカーが落ちたのだろう、羨ましい――ストンと膝を落とした。膝を抱えて丸まった。股間から生暖かい液体が広がっていき、榛名の目は床を見つめて離れない。たぶんこの場で彼女がしゃべる事はもうないだろう。

「じゃあ、ここにあるのは」

「だいたい使用済みね。後で中身を取り出して、皮は処理するのよ。中身は実験で使えるから。外に出すとメディアが五月蝿いし……でも、人体としては完成されてるし、データもけっこう取り放題なのよね。もしかしたら皮にも別の使い道もあるかも知れないから、ひとまず保留かな。豚に食わせる結末は勿体無いし」

「だって私、霧島で……艦娘になって……比叡お姉さまと、榛名と、金剛お姉さまと入隊して……え? だって犬。榛名が拾ってきて……いや、お父さんお母さん……反対したじゃないですか。お姉さま、そうでしょ? お姉さま!」
 霧島は突然金剛の肩を掴むと揺さぶった。榛名のようではないけれど、霧島もまた、この状況全てが悪夢であって欲しかった。だが彼女の中にあるものは――おそらく鎮守府によって取り付けられたものは――まだデータを、情報を、集めている。それがおぞましい程に現実感を保証しきっている。脳内で歯車が動く音すら聞こえそうだ。

「そうネー……霧島。あなたは可哀想ネ。艦娘としての特質に、あるいは頭脳派としての性格に押されて、ここまで来てしまって……」
 金剛が次第に笑い始めた。
「まあ、全部作り話なんですけどね。だって、普通の子どもを海軍に入れて訓練って……面倒でしょ。ここにいるの、みんな孤児ですよ。あなたに私に。みんな家のない餓鬼ですよ、棄民。でも孤児同士だと反発して事件とか起こすから、信頼関係とかを醸成させる意味でも、脳を弄るんですよ。姉妹同士で殺しあうって滅多にないから。人体実験も、けっこう今ならし易いし……こうしてみんな仲良しクラブ、深海棲艦も殲滅できて……国としても艦娘としても万々歳じゃないですか。轟沈したらまた一から拾い直しですから時間かかりますけど、今のところ大丈夫ですね。ま、そこは臨機応変で大丈夫でしょ。外が嗅ぎつけたって情報もないし」

「御託はその辺でいいだろ。じゃ、記憶いじるかぁ。また処置室持ってくの面倒なんだよなあ、金剛ー捕まえろ」
 白髪が自分の腰を叩きながら立ち上がる。機械を弄るように人体を弄るために、椅子に座っていたのだ。霧島は榛名を抱えて廊下に飛び出そうとして、誰かがいた――比叡だった。
「比叡――姉さん、助けて! お姉さまを止めて! みんな、みんなおかしくなって……!」

 比叡が霧島を突き飛ばした。もともと榛名を抱えていたせいで、ふらついた彼女は簡単に転んだ。

「だから、止めたのに」
 比叡の声に感情はなく、押し殺しているようでもあり、削ぎ落としたようでもあった。そして霧島は金剛に掴まれ、手足を固定された。比叡もそれに加わる。榛名は股間を押さえながら、全てが終わった顔つきで見ていた。比叡は険しい顔で、金剛は始終笑顔だった。

「嫌だっ、私は……私は、霧島よ! 脳を移植とか、そんな事……嫌だっ! 比叡姉さん助けて! 頭を手術するなんて嫌だ、お願い……! こんなのやだっ、嫌だ!」

「諦めなさい、霧島。あなたは私の妹で、金剛お姉さまの妹なの。設定上はそうなんだから、それでいいじゃない。何も変わらないんだから。あなたが元通りになるだけなんだから」
 比叡が告げる。淡々と拘束具を嵌めていくその顔は怒りもなく、笑顔もなく、己の不満を押し潰して平面にしたような表情だった。

「いやっ、厭だっ、こんなの……こんなの比叡姉さんじゃない! 金剛お姉さまじゃない! みんな何処!? 助けて! 姉さん助けて……!」

 苦し紛れに霧島は、自分が艦娘になる前の名前や、住んでいた町の住所や、榛名が連れてきた犬の名前を口にした。叫んだ。笑い声が聞こえた。

「私はそこからやってきた、ということになってるわね」
 比叡が言った。眉間に皺が寄った顔は、霧島の知る物とは異なっている。

「私もそうですね。というか、顔かたちがまったく似てない姉妹なんて、あり得ると思ってるんですか、四姉妹全てが艦娘だなんて、おかしいと思わなかったんですか? きーりーしーま?」
 金剛が笑い、霧島は自分の目から涙が溢れるのを知った。必死に叫び、悲鳴を上げ……そして気づいた。

 それも作られたものだとしたら。

 この涙すら、ここで設定されたものだとしたら。

 思った瞬間に白髪が霧島の背中を弄った。

 瞬間的に霧島の意識が飛んだ。


 
――霧島ー、早くはやく! カメラ間に合わないよ!

――わっわっ比叡姉さん待って! もう、カメラってなんでこんなに難しいのよ!

――ヘーイみんな、肩を組むデース、もう私達は戦艦四姉妹ね!

――榛名、とっても嬉しいです! たくさん頑張って大活躍します! えへへっ!

――ほらーセルフ入るわよー、三、二……チーズぅ!

――『艦娘試験合格、おめでとう! みんな、これから頑張ろうねっ!』

 笑い声と歓声がさんざめく桜の下で、四姉妹は笑顔を浮かべていた。揺れる映像。震え始める声。そして断絶する匂い。触覚が消えていく。裏返った笑い声が遠退き、消える。

 やがて映像そのものがシャットダウンされ、暗黒のみが広がる。


《終わり》
復路鵜
2014年05月06日(火) 11時24分20秒 公開
■この作品の著作権は復路鵜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
案外の短編です。
ホラーというか、サスペンスチック?
問題点としては、『改造区画の描写がうまくない』『榛名の口調がやや子どもっぽい?』『姉妹の関係性をハッキリと』などが挙げられます。山積みですね。

この作品の感想をお寄せください。
Click!! -30 Vlora ■2017-04-27 15:23:58 5.188.211.170
Click!! 10 Lakeisha ■2017-04-27 10:50:20 5.188.211.170
Click!! 10 Sondi ■2017-04-27 09:44:05 5.188.211.170
Click!! 30 Raynoch ■2017-04-27 08:32:46 5.188.211.170
Click!! 30 Melissa ■2017-04-27 07:15:56 46.161.14.99
Click!! -30 Bryson ■2017-04-27 06:30:50 5.188.211.170
Click!! 50 Keisha ■2017-04-27 05:53:47 5.188.211.170
Click!! 30 Jannika ■2017-04-27 03:49:38 5.188.211.170
Click!! -30 Pokey ■2017-04-27 01:22:19 5.188.211.170
Click!! 50 Charlotte ■2017-04-27 01:12:51 46.161.14.99
Click!! 50 Jaylyn ■2017-04-26 16:38:23 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Gabrielle ■2017-04-26 16:28:39 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Leatrix ■2017-04-26 13:56:23 5.188.211.170
Click!! 30 Becky ■2017-04-26 13:50:27 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Kayli ■2017-04-26 12:13:39 5.188.211.170
Click!! Click!! -30 Carley ■2017-04-26 11:44:23 5.188.211.170
Click!! Click!! -20 Bella ■2017-04-26 08:50:15 5.188.211.170
Click!! Click!! -20 Rosalinda ■2017-04-26 08:01:36 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Bobby ■2017-04-26 06:28:00 46.161.14.99
Click!! 30 Dasia ■2017-04-26 04:34:12 5.188.211.170
Click!! 50 Robinson ■2017-04-25 18:58:04 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 50 Linx ■2017-04-25 17:15:19 5.188.211.170
Click!! 50 Stormy ■2017-04-25 14:26:29 5.188.211.170
Click!! -20 Maralynn ■2017-04-25 14:17:57 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Carley ■2017-04-25 10:41:47 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Lorin ■2017-04-25 10:15:42 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Channery ■2017-04-25 09:58:28 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Donyell ■2017-04-25 09:46:34 5.188.211.170
Click!! Click!! 50 Malerie ■2017-04-25 08:55:19 5.188.211.170
Click!! Click!! 10 Gump ■2017-04-25 08:25:30 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Mahala ■2017-04-25 05:13:46 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 10 Brendy ■2017-04-25 05:00:27 5.188.211.170
Click!! Click!! 30 Jobeth ■2017-04-24 22:23:52 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Cornelia ■2017-04-24 20:22:47 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Bubi ■2017-04-24 20:01:37 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Rena ■2017-04-24 19:49:00 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Cash ■2017-04-24 18:24:35 5.188.211.170
Click!! 30 Twiggy ■2017-04-24 18:15:26 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Carlinda ■2017-04-24 18:01:55 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Adelaide ■2017-04-24 15:17:59 5.188.211.170
Click!! 10 Cornelia ■2017-04-24 14:45:38 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Satchel ■2017-04-24 12:04:10 5.188.211.170
Click!! 50 Billybob ■2017-04-24 11:51:43 46.161.14.99
Click!! Click!! -30 Lavinia ■2017-04-24 10:42:45 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Tamber ■2017-04-24 09:02:39 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Bubby ■2017-04-24 08:57:46 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Fidelia ■2017-04-24 07:31:56 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Carlynda ■2017-04-24 06:09:47 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! -30 Kyanna ■2017-04-24 06:03:53 5.188.211.170
Click!! 30 Jaclyn ■2017-04-24 04:44:45 5.188.211.170
Click!! 50 Lettice ■2017-04-23 23:16:40 46.161.14.99
Click!! 10 Blue ■2017-04-23 23:01:23 5.188.211.170
Click!! 30 Gracelynn ■2017-04-23 22:09:00 5.188.211.170
Click!! 50 Velvet ■2017-04-23 19:12:27 5.188.211.170
Click!! 50 Rangler ■2017-04-23 18:53:56 5.188.211.170
Click!! 10 Honeysuckle ■2017-04-23 18:28:41 46.161.14.99
Click!! 50 Benon ■2017-04-23 17:34:30 5.188.211.170
Click!! 30 Heidi ■2017-04-23 15:48:17 5.188.211.170
Click!! -30 Anisha ■2017-04-23 14:42:35 5.188.211.170
Click!! 30 Lenna ■2017-04-23 09:38:02 46.161.14.99
Click!! -30 Clara ■2017-04-23 08:18:20 46.161.14.99
Click!! -30 Denver ■2017-04-23 07:44:12 5.188.211.170
Click!! -20 Adelphia ■2017-04-23 04:33:05 46.161.14.99
Click!! -30 Patsy ■2017-04-23 03:23:07 46.161.14.99
Click!! 50 Gerrilyn ■2017-04-23 02:58:44 5.188.211.170
Click!! -20 Jera ■2017-04-23 02:30:51 46.161.14.99
Click!! Click!! -30 Wanita ■2017-04-23 01:12:41 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Gracelyn ■2017-04-22 22:55:40 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Jessalyn ■2017-04-22 22:01:16 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 10 Jaelyn ■2017-04-22 19:05:33 5.188.211.170
Click!! 10 Gloriane ■2017-04-22 18:02:25 46.161.14.99
Click!! 30 Chris ■2017-04-22 17:45:34 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Gump ■2017-04-22 15:47:46 46.161.14.99
Click!! -20 Jermajesty ■2017-04-22 14:56:02 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Betty ■2017-04-22 13:38:03 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Bert ■2017-04-22 12:40:04 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Jetson ■2017-04-22 12:37:39 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Charleigh ■2017-04-22 11:22:51 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 50 Vinny ■2017-04-22 10:14:55 5.188.211.170
Click!! Click!! 10 Jodie ■2017-04-22 09:46:30 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Ellyanna ■2017-04-22 09:21:54 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Denver ■2017-04-22 09:06:42 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Cathy ■2017-04-22 08:46:01 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Gracye ■2017-04-22 06:45:03 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Macco ■2017-04-22 06:14:31 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 10 Elora ■2017-04-22 05:46:43 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Tommy ■2017-04-21 23:52:40 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Lettie ■2017-04-21 23:36:32 5.188.211.170
Click!! Click!! 50 Shanna ■2017-04-21 23:27:49 46.161.14.99
Click!! Click!! -20 Blondie ■2017-04-21 23:11:48 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Lalaine ■2017-04-21 20:42:02 5.188.211.170
Click!! -30 Tommy ■2017-04-21 19:28:03 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Della ■2017-04-21 18:37:20 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! -20 Chacidy ■2017-04-21 18:30:05 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Bobbi ■2017-04-21 17:42:59 5.188.211.170
Click!! 50 Caiya ■2017-04-18 22:09:28 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 10 Mitch ■2017-04-18 22:09:19 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Pink ■2017-04-18 21:52:58 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Bobby ■2017-04-18 21:42:05 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Teige ■2017-04-18 17:27:10 46.161.14.99
合計 1350
お名前(必須) E-Mail(任意)
メッセージ


<<戻る
感想記事削除PASSWORD
PASSWORD 編集 削除