【艦これ】鉄食
 それを見て子日が最初にした事が、齧ることだった。

 持ち上げて、軽くためつすがめつ眺める。それから指先でつついて指の腹で擦り、おずおずとそれを口の中に入れていく。ゆっくりと歯を閉じると、ガキ、と硬い音がした。だが子日はそこで食べるのをやめなかった。二回、三回と噛んでみた。ごりん、ごりん。固いが、いける。更に一度噛むと、ごきんとやがて中身が割れた。カスがパラパラと口の中で広がっていくのが分かる。彼女は三度目、四度目の咀嚼をして――ついに噛み切った。ぼきん、と口の中で大音量がして、それがへし折れた。子日の口に広がる鉄臭くもカビ臭い、どこか懐かしさを思わせる感触。飴のように甘さがあり、ほのかな苦味が舌に心地よい。一度噛み砕けば飲み込むのも容易だった。口の中で割っていき……割っていき……ごくり、と喉が動いた。つるんと嚥下されていく感触はうっとりとさせ、清涼剤を身体に落としたように心地よい。子日は周りも見ず、周囲も見ず、ただひたすらにそれに熱中した。食い続けた。そうさせる何かがあったに違いない。でなければ子日が堕落するようにそれに熱中する理由が思いつかない。彼女は食べて、食べて、食べて、全て食い尽くしてしまった。お腹が少し膨れたような気がして、軽く息をついた。それがやや鉄臭い。

 そうして、自分がどこにいるのかに彼女は気づいた。

 そこは工廠だった。鎮守府のいつもの工廠、装備点検や新装備の開発、それから艦娘たちとの見回りを兼ねれば、優に何百回も来たであろう工廠だった。改修中の船があり、作業員たちの声や音がして、どこか油臭い臭いがただよう場所だ。棚にはレンチやハンマーに溶接用の器機が備え付けてあり、技師や課員たちがせわしなく動く。子日はそこにいた。たまたま通りがかったのだ。よく晴れた日で、出撃もなかった。初春たちは町に買い物に行ったから、彼女は一人で暇つぶしに工廠へとやってきて、見つけた。それは固く小さく、そして正気に戻った子日の目には、工廠にある品物らしく写った。それはどこかのパーツの余りらしく、ドラム缶の上に乗せられていた。

 それはボルトだった。

 改めて子日は自分のお腹を擦り――顔が、どこかで青ざめていくのを自覚していく。なぜならそれはボルトであったからだ。船の接合に、溶接に使われるような部品だったからだ。それを子日は食った。貪ったと言っても差し支えない。無我夢中で、それを胃の腑に収めた。理由の分からない震えと薄ら寒さがやってくるが、それがボルトによって胃を壊したからでないのは明白すぎた。子日、何を食べたんだろう。自問したが、答えはやってこなかった。いつもは元気いっぱいな彼女だが、今この瞬間だけは、石のように生気が失せていた。人間であれば絶対に食べないものを、子日は噛み砕いて飲み込んだ。

「あ、子日さん。どうしたんですか」

 子日は飛び上がった。心臓が張り裂ける心地がして、ひゃ、と声まで出たほどだった。振り向くと作業着姿の男が、タオルで汗を拭きながらこっちに近づいてくる。顔なじみの作業員で、よく子日の艤装を点検してくれる男だった。彼の服からは鉄と油の匂いがして、子日は一瞬、そっちに引きつけられそうになってしまった。

「何か用事ありましたっけ? 装備の点検とかしたいなら、他のスタッフ呼んできますけど」

「あ……ううん、……いいの! ただ、ただ……寄っただけだから!」

 男は子日にゆっくり近寄りながら、じっと彼女の顔を眺める。そして口にした言葉は、あまりに善意の塊で、親切そのもので、それが子日の罪悪感を燃え上がらせた。自分が間違った事をしている――そうした感覚が、子日の背中を蹴り飛ばす。

「顔色悪いですよ。大丈夫ですか? 医務室行くなら同行しますよ、おーい、こっち……」

「大丈夫! 子日は、……ほら! 大丈夫だから! ね! じゃ、もう帰るから! じゃあね!」
 男の声を遮ると、子日は自分勝手と己が思うほど、適当に言葉を叫んで並べると、そのまま出口を向いた。歩き始め、また男が声をかける気配がしたので、今度は走りだした。

 工廠から出る頃には全力疾走になっていた。



 一週間前に食べたのは、時雨がもらってきたクリーム入りの洋菓子。

 四日前に食べたのは、間宮製のアイスクリーム。

 二日前の昼の三時は、初春と若葉が買ってきてくれたたい焼き。

 昨日は子日がみんなのために鳳翔さんと作ったクッキー。

 すべて、子日が食べたものだ。おいしかった。クリーム入りのお菓子は甘くてふんわりしていて、アイスクリームはすべすべした感触が喉を滑り降りて、この暑い季節には最高だった。たい焼きは頭から食べても尻尾から食べても甘すぎない甘さが程よくて、クッキーは若葉に初霜に初春に、そして他の駆逐艦たちにもごちそうした。本当に楽しかったし、一緒に飲んだジュースも美味しかった。子日は頭がほんわりとして、今にも飛び上がりそうになってしまうほどだった――なんでも理詰めより感覚でとらえる事を好む子日は、全てを擬音で表現できる。

 ならどうして自分はボルトなんて食べたんだろう?

 身体のどこかから流れ落ちる冷や汗を腕で拭いながら、子日は思った。何かの間違いかと、あるいは暑すぎて幻覚を見たんじゃないかと、工廠を出てずっと走り続けながら子日は考えた。だけど虫達の声が現実的すぎたし、外のテニスコートで訓練なのか遊びなのかわからないものに励んでいる軽巡たちは十分にリアルだった。

 いよいよ走り疲れた子日が鎮守府の外周辺りで座り込むと、どこかで演習用の模擬弾を撃つ音が聞こえた。倉庫らしき所の壁にもたれ、頬をつねっても痛かった。足元の感覚も現実そのものだった。子日は子日で、腹でうねる感触を、確かに自分がボルトを食べた事を覚えている。だんだんと怖くなってきた。よりによって、ボルト、お菓子でもお米でもなくボルト――あの鋼色の物質を、まともな人間なら食べようと思わないものを、子日は口にしてしまった。しかも、おやつを食べるような感覚で。人間だった時は全然何も感じなかったのに、あの瞬間に限って、食べられる、という確信があった。そして口に入れると、実際にあれはきちんと喉を通った。胃に入った……だから、明日になってトイレに行けば、きちんと出てくるだろう。ボルトが。船に使われる筈の材料が。

「子日、どうしちゃったんだろ……」
 独り言が口をついて出た。本当に、どうしてそんな事になってしまったのか、分からなかった。ただひたすら、自分が間違った事をしてしまったという確信が胸を占めていた。自分は艦娘になった。本土防衛、国土防衛のために、子日はお母さんお父さんの家を出て海軍に入り、立派な艦娘になった――でも、子日はきちんとしたご飯を食べる人間なのだ。そんな自分が、ボルトを食べてしまった。鉄を噛み砕いてしまった。どこかで自分が間違えた、おかしくなってしまったという感覚が、薄ら寒い怖気が全身を満たして、子日は震えそうになった。ボルトを食ったのならば、次は船を齧ろうとしてもおかしくない。そして船まで食うんだから、きっと他の艦娘だって食おうとするだろう。壁だって、床だって、置物だって食べようとするかもしれない。こんなものにどうやって歯止めをかければ良いのか分からない。艤装すら食べようとするかもしれない。PCのモニターに食欲を覚える自分を想像して、子日は吐き気を覚えた。

 子日は間違えてしまった。

 子日はおかしくなってしまった。

 子日は頭が狂ってしまった。

 考えが心情に直結して、心が寂しさと恐ろしさの波となって膨れ上がる。子日の目に涙が浮かんできた。艦娘不適格の烙印を押されて鎮守府を追い出されるイメージが、他の子の艤装を食べようとして怖がられる子日の姿が、そして路傍で石を食べながらホームレス生活をする子日の姿が浮かんだ。追い出された馬鹿者を迎え入れてくれる所なんて存在しない。きっと子日が死ぬその時まで、これは追いかけてくるだろう。こんな……人間も、艦娘でさえしようとしない事を。そこまで考えて、一つ気づいた。

 子日は、深海棲艦になりつつあるんじゃないの?

 想像するだに総毛立つようなそれは子日を脅かした。だって、人間でも艦娘でもないならば、他にそれらしいものが思いつかない。それに戦闘の最中、奴らの体液を浴びた事も、駆逐に噛まれたこともある。だから……悪いものに感染する可能性だって十分にある。以前に戦った深海棲艦たちが――軽巡ロ級、駆逐イ級たちの姿が思い浮かぶ。どんどん頭から血の気が引いていく。奴らの戦列に加わる自分を、そして元の仲間たちから魚雷を叩きこまれ、粉砕されて沈んでいく子日自身を思って、今度こそ涙が落ち始めた。両手で顔を覆うと鼻声が漏れてきて、子日は消えたくなった。恐ろしさをいや増す要因として、今でもまだボルトを食べたい、鉄を身体に入れたい、という欲求があった。きっと目の前に差し出されたら一口で食べてしまいそうで、それがますます罪悪感と異様さを際立たせた。

「いやだよぅ、そんなのやだ……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら子日は泣いた。全身が膨れ上がる何かに覆われて、全てが真っ暗になってしまった気がした。子日が、子日でなくなっていく。子日はもう人間でも、艦娘でもなくなる。その先にあるのは……もう嫌だ、こんなこと考えたくない。

 子日は立ち上がった。全身が風邪を引いたように震えていたが、お腹は満ち足りたような、あるいはまだ足りないかのようにぐるぐると鳴いている。子日は泣きながら自分のお腹を叩いた。こんなお腹があるから、ボルトなんか食べてしまう子日がいるからいけない。彼女は歩き出した。こんな事、誰かに言えない。きっと子日は捕まって実験体にされるか、強制的に解体されてしまう。やっと馴染めたみんなとも離れ離れになってしまう。物乞いになってジュースの缶でも齧るか、そうでなかったら深海棲艦の餌にされてしまうだろう。だから子日は、自室に戻ることにした。誰にも言わないで、とにかくベッドに入って横になりたかった。何も考えないで、全部忘れてしまいたかった。せめて自分が泣いたことを悟られないように顔をごしごしとこすっていると、いつのまにか誰かとすれ違った。子日は話しかける気にもなれなかったけど、その誰かが彼女に声をかけてきた。

「あら、子日。どうしたの?」

「あ……曙」
 子日は無視するか迷ったが、さすがに無碍にはできない。振り向いて彼女を見るが、曙は艤装をつけていなかった。これから町にでも出るのだろうか、と思ったが、子日には関係のない話だ。目を擦って、「ちょっと急いでるから」とひとまず言った子日に、曙は怪訝な顔を寄せた。

「……ねえ、あんた、どうかした? もしかして泣いてた? 大丈夫?」

 訓練の時には仲間に辛辣なのに、こういう事にはとても敏い。曙から顔を逸らしながら子日は、大丈夫だよ、と口にした。もちろんそれを信じる曙ではなく、更に詰め寄ってきた。

「大丈夫なわけないじゃない。にしても、あんたが泣くなんて珍しいわね。元気いっぱいのお天気娘だと思ってたのに……ほら、顔拭きなさい」
 曙がハンカチを差し出した。子日はそれを受け取って顔を拭き、それから、曙はいい子なんだなあ、と思った。こんな時にも人を気遣ってくれる、いい子なんだ。

 だけど、自分はもう曙とも会えなくなるかもしれない。もう、離れ離れになって、これっきりになるのかもしれない。次に遭った時、曙は子日を沈めるのかもしれない。

 反射的に目に涙が溜まって、子日はまた泣きだした。うあああん、と自分でも大きいと思う声が辺りに響く。

「ちょ、ちょっとどうしたの子日!? どこか痛いの!?」
 曙が慌てて子日の身体に触れる。彼女は一生懸命首を横に振って、そうではないことをアピールしたが曙にはなかなか分かってもらえない。そのうち曙が話しかけてきた。

「……なにか、悩みでもあるんでしょ。そうよね? 子日。辛いなら、あたしにでもいいから、話してみなさい」
 曙は子日の手をぎゅっと握りしめた。温かい。きっと子日の手はどんどん冷たくなっていくに違いない。深海棲艦みたいに。

「……だって、こんなこと、言えない……」

「いいから!」
 子日の目を覚まさせるかのように、曙は大声を出した。
「誰でも最初はそう思うけどね、ちゃんと人に話してみたら、けっこう楽になったり、大したことなかったなあって自分で気づくものなのよ。だから子日、あんたにとっては大問題でも、あたしにとってはフツーの事かもしれないんだから。だから、口にしてみなさい。ね?」
 曙の様子が本当にお姉ちゃんのようで、また子日は涙ぐみそうになってしまった。だけど今回は彼女は我慢して……少し悩んで……口を開いた。話すことに恐ろしい気持ちもあったが、曙にほだされて、ついに子日は言おうと決心した。

「子日、工廠にあったボルトを食べちゃったの」



 ついてきて、と言われて歩き始めてから五分。子日は曙の後ろにいた。小柄な彼女だが、子日も彼女に負けず劣らず小さい。晴れているから日差しが暑く、照りつけるようだ。奈落に飛び降りる気持ちで正直に口にした子日を、曙は怖がりもしなかったし、冗談の顔で見たりもしなかった。代わりに子日の顔をハンカチで拭いてやると、彼女の手を引いて歩き始めた。子日はされるがままになっていた。倉庫の辺りを抜けて工廠の前を通り(あの作業員がまた声をかけるのではないかと、子日は気が気でなかった)、やがて着いた場所は軽巡寮だった。子日はさっき見かけた他の軽巡たちを思い出し、あの子たちは子日の悩みについて何と言うだろう、と思った。せめて後ろ指は指さないで欲しかった。

「こっち……二階ね」と、曙は子日の手を引いていく。どうしてそこなのか、特に疑問に思わなかった。ただ、曙がまったく驚かないことが意外だった。彼女の顔は平然としていて、あたかもそれが人間関係や体重の問題ででもあるみたいに、慣れている様子だった。

 着いたのはとある部屋だった。ネームプレートには五十鈴、と書いてある。いすずせんぱい、と子日は声に出してみた。潜水艦相手には百戦無敗、軽巡のエースでもある彼女だが、どうしてここに連れて来られたのか。横を見ると、曙は得心した顔をして頷いた。

「入りなさい、子日の悩んでる事、解決してくれるから。五十鈴さんがね」
 曙にそう言われ、子日はドアをノックした。緊張感は不思議となく、何かに導かれているような感覚があった。どうぞと声がかかり、中へと入る。――やはり中にいたのは五十鈴で、子日はクラスが違う人の部屋に入るという、あまりない機会に緊張しながら挨拶した。曙が後ろから入り、口にした。

「五十鈴さん、【鉄食】の症状です。この子も」

「ああ、そう」
 座学の予習でもしていたのか、椅子に座っていた五十鈴はんっと伸びをしてこっちに向いた。
「ああ、子日ちゃん……ふうん。艦隊に来たのはけっこう最近だったけど、案外早く出たのね。じゃ、そこ座って」

「あ、はい」
 急に緊張しはじめた子日は、身体を強張らせながら勧められた椅子に座る。曙はその後ろで腕組みをしていた。

「さっそくだけど、子日ちゃん、もしかして何か機械とか、硬いもの食べちゃった?」

「あ、うぅ……」
 子日はもじもじして、手を身体の前でこすりあわせた。さっきは曙に漏らしたが、こうして五十鈴にも口にすることは、なんだか問題を公にしてしまうようで、とても恥ずかしくも末恐ろしいように感じられる。しどろもどろだった子日は、やがて小さく頷いた。

 くすりと五十鈴が笑った。

「心配しなくて良いわよ。実はね、五十鈴も前に、ボルトにナット、ハンマー……船に使う材料、食べちゃった事があるの。歯で、バキって。驚くわよね」
 それが当然の事のように五十鈴は言ったが、子日はぽかんとして信じられなかった。目の前の人が食べてしまったことに。念の為に観察してみたが、深海棲艦の兆候は感じられない。きちんとした艦娘に見える。

「子日ちゃんは何を食べたの?」

「あ、ぅ……ボルト、です。工廠に、あったのを……」
 うんうんと五十鈴は頷き、最初はみんなそうよ、と口にする。

「子日ちゃん、もしかしてボルトとか食べちゃって、すごく怖くなったりとか、ビックリしたとか、なかった?」
 五十鈴の口調は優しくて、子日は少しだけ、自分は深海棲艦にならずに済むかもしれない、離れ離れにならなくて済むかもしれない、と思った。

「はい……あの、自分で食べた時は夢中だったんですけど、終わった時はビックリして……ゾワゾワして。だって、人間はそんなもの食べないし、艦娘の皆さんだって、食べないし……そんな事する人、いないと思うし……」
 子日が両指をもじもじさせていると、五十鈴は微笑んだ。後ろの曙がどんな表情をしているかはわからない。

「それはね、【鉄食】っていう症状の事なのよ。人間というより、艦娘特有の症状。人間では食べられない物……ハンマー、ボルト、ナット、レンチ、バールとかの、鉄や鋼が混入してるものを食べたくなったり、食べてしまう事ね。一説だと、艦娘の起源上、船の作業に使うから食べたがるって事もあるわね。でも、それで身体がおかしくなったり、別な生き物になっちゃうとか、そういう事は基本的にないのよ。初潮……はまだかしらね、子日ちゃん。

 えーっとね、成長期の時は、背が伸びたり、男の子は声変わりするじゃない? あれと同じなのよ。人間が艤装を取り付けられて、融合して、艦娘になっていく――その過程で、艤装が人間に、より親しもうとするの。だから、艤装の思考表明、って考えてもおかしくないわね」五十鈴は言葉を切った。ちょうど、子日が十分に理解できるのを待っているかのように。

「じゃあ……子日は、深海棲艦になったり、頭がヘンに……ならないんですか?」
 恐る恐る子日は尋ねてみた。五十鈴はこくりと頷いた。

 子日は安堵して、脱力したように肩の力が抜けた。後ろにいた曙が、しっかりしなさいよ、と声をかける。

「私達の艤装は、燃料に弾薬、それに鋼材やボーキサイトで補強するじゃない」
 五十鈴が口にして、子日は頷いた。なんだか座学めいてきた雰囲気で、彼女は別な意味で緊張してきた。

「最近の研究でね、この艤装にはもしかしたら意思があるんじゃないか、って説が出たのよ。それを実証するのが、この【鉄食】の症状。はじめは、艦娘が深海棲艦化してるとか、人類の異形化だ……とか、大騒ぎになってきたけど、暫く問題の艦娘を観察したり、実験に研究を繰り返して、これはそれほど悪いものじゃない、ってわかったのよ。確かに鉄を食べてしまう体質にはなったけど、それが身体に悪い影響を与えたり、病気にさせる物ではないって結果が出た。それに、食べれば食べるほど、艤装も身体に合わせて適合していくから、戦いやすくなるってデータも出てるしね。艤装の形が変わって、装備を身体に取り付けやすくなったり、整備しやすくなったりするの。これは内緒話だけどね、艤装の変化度合いで艦娘の練度が測られてる向きもあるわ。実際、戦艦や空母の人たちは、おやつ代わりに鉄を混ぜたカップケーキとか食べてるわ」

 子日は長門や陸奥と言った戦艦たちや、赤城に蒼龍などの空母が尖った物入りのケーキをつついてる様を想像してみた。彼女たちにも、症状が出てる。だから、子日だけではない。

「と言っても、まだ微妙な分野の研究だから、一般に告知してるわけじゃないのよ。知ってる人は知ってる、そうでない人はぜんぜん知らない、って所ね。艦娘たちが当事者なんだから、彼女たちには真っ先に伝えられるようにしないといけないんだけど……それで子日ちゃんみたいに、知らないまま症状が出て、取り乱す子も出てきちゃう」
 五十鈴の言葉に、あううと子日は縮こまった。モノ知らずという事がバレてしまったようで、今はひたすらに恥ずかしい。

「そんなに恥ずかしがらないで。そこの曙もね、この症状知らなかったのよ」
 そこで話を振られた曙が、顔を真赤にして口にした。

「ちょっと五十鈴先輩、そんな事をこの場で――」

「いいじゃない。いつも曙の方が成績が良いんだから、こういう時ぐらい教えてあげなきゃ」
 それから五十鈴は子日に向き直った。
「もしかしたら自分は悪性の病気に罹ったんじゃないかって、医者に言ったら頭を疑われるって、ものすごく悩んでたのよ、曙は。それに自分が深海棲艦になっちゃったんじゃないかって、子日ちゃんと同じ悩みも持ってた。それで、何日も拒食状態になって、心配した提督が五十鈴に話を聞いてくれるよう頼んだの。男の人はこういうの、苦手だし、私自身もそれ以前に症状が出てたから、心当たりはあったしね。それで曙の部屋に行ったら、布団を被って顔をぐしゃぐしゃにしたこの子が『先輩、あたしもう死ぬんです……!』って、」

「それ以上言ったら怒りますよっ」
 曙は顔をトマトのように紅潮させ、子日をちらちらと見ながら大声で言う。そんなに怒らないの、と五十鈴は諌めた。

「それじゃあ……子日……本当に、病気じゃないんですね。普通の、艦娘なんですね!」
 子日もさっきまで悩んでいた事が嘘みたいに身体が軽くなったようだった。今すぐ立ち上がって飛び跳ねたい心境だったが、五十鈴に注意されても困るからやめた。とにかく嬉しさが体中を駆け巡って、不安や怖気が吹き飛んでしまっている。

「そういう事よ。今度、パンフレットでも作るように掛け合った方がいいわね……こうして口伝えで教えてると、どこかで漏れが出ちゃうし。そうだ、子日ちゃん。知ってた?」

「何をですか?」

「この症状だけどね、成長期みたいなものだって説明したじゃない。それの発展形でね、ナットにボルト……食べていくとね、艤装がだんだん大きくなっていくの。身体の成長と関連しているかも、って説もあるわね。だから、食べたいなー、って思ったら、割とどんどん口にしちゃっていいのよ。

 これは私の考えだけど、今まで艤装が身体に合わせてくれたんだから、身体の方も艤装に合わせて欲しい、って頼まれたようなものだと思うの。連装砲を撃つことができて、水上を動ける身体になった、深海棲艦と戦えるようになった……だから、そっちもこっちのお願いを聞いて欲しい、ということ。鉄を食べるとかの体質変化についてはまだ調査中だけど、これについては人と艦娘の違いとは何か、とかの根本的な分野になるから、分からない部分も多いわね。

 まあそういう訳で、鋼材とかを食べたくなった時は、工廠の人とかに相談すると良いわよ。ちゃんとした工具や材料をもらえるし。使う資材を間違えて食べても問題になっちゃうから」

「へええ」
 子日は目を丸くした。全てがはじめての事だった。

「……ま、そういう事で、悩みがなくなったなら、それでいいでしょ」
 曙が子日を見下ろしながら言った。
「感謝しなさいよね、子日。今度、間宮さんのパフェおごってね」

「えーっ、曙ちゃん、なんかそれズルくない?」
 子日はぶうぶうと口にして、それを前にした五十鈴が笑った。それから思い出したように、彼女は机の引き出しを開けた。取り出したのは、三つのボルトだった。きちんと研磨されているようで、錆や汚れは見当たらない。

「さて、と……これでスッとした事だし、試しに食べてみる? 工廠でもらってきた、きちんとした物よ。別に食べたくないならいいけど」
 五十鈴は掌に乗せたそれを二人に差し出した。子日と曙はそれを受け取った。実の所子日は、それを目にした瞬間から、食べたくて仕方がなかったのだ。口の中で生唾が溢れて、胃の辺りがキュっと鳴った。思う存分食べてもいい……わけではないけれど、自分の癖をみんなに認めてもらえたようで、じんわりした嬉しさも身体の底から溢れてくる。

「ま、せっかくだから私もね」
 曙はしげしげと眺めていた。その目がボルトに釘付けになっている辺り、彼女もきっと食べたいのだろう。五十鈴は残った一つを口に近づけた。

「それじゃ、いっせーの、で食べましょうか」
 五十鈴が合図をする。なんだか調理実習で出来上がったものを味見するみたいだった。
「いっせーの、せ!」

 三人とも、一緒に口の中にボルトを放り込んだ。

 子日の口の中で、ゴキンという感触がした。さっきよりも心地よい。

 ボルトはまさにおやつのように、小気味良く割れた。



《終わり》
復路鵜
2014年06月04日(水) 23時32分03秒 公開
■この作品の著作権は復路鵜さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
twitter企画『深夜の艦これSS60分勝負』にて、投稿したSSの再加工版となります。
テーマ:おやつ
登場キャラ:子日 曙 五十鈴
企画についてはこちらからどうぞ:http://mizunanana.web.fc2.com/kancolle.htm
twitter検索は #深夜の艦これSS60分勝負 で、どうぞ!

ということで書いたSSの再加工版となりますが、けっこう量が増えた気がします。あと、私の艦これ路線が『人間ってなに? 艦娘と何が違うの?』路線という、なんかSFなんだかサスペンスなんだか、というモヤモヤ方面に動き始めた気がします。むむむ。
 あと泣きだす子日とか、好きです!

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Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Terrah ■2017-04-24 22:59:38 46.161.14.99
Click!! 30 Meadow ■2017-04-24 22:33:03 46.161.14.99
Click!! 50 Carlinda ■2017-04-24 22:27:45 5.188.211.170
Click!! 50 Kaylynn ■2017-04-24 20:58:08 5.188.211.170
Click!! Click!! 10 Rosabel ■2017-04-24 20:39:55 5.188.211.170
Click!! 10 Marylouise ■2017-04-24 20:00:50 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Carli ■2017-04-24 18:43:16 5.188.211.170
Click!! 10 Jenibelle ■2017-04-24 18:14:40 5.188.211.170
Click!! Click!! -20 Aspen ■2017-04-24 17:24:05 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Alla ■2017-04-24 17:00:43 46.161.14.99
Click!! Click!! 50 Bobcat ■2017-04-24 14:31:17 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -30 Jalen ■2017-04-24 13:19:47 5.188.211.170
Click!! Click!! -20 Janet ■2017-04-24 13:19:27 5.188.211.170
Click!! Click!! 50 Constance ■2017-04-24 10:29:47 5.188.211.170
Click!! -20 Keisha ■2017-04-24 06:16:45 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 30 Rileigh ■2017-04-24 04:56:56 5.188.211.170
Click!! 10 Matee ■2017-04-23 23:00:15 5.188.211.170
Click!! 30 Matee ■2017-04-23 22:25:02 46.161.14.99
Click!! -20 Estella ■2017-04-23 22:05:50 5.188.211.170
Click!! 10 Darence ■2017-04-23 21:35:51 46.161.14.99
Click!! -30 Tessie ■2017-04-23 20:16:48 5.188.211.170
Click!! 30 Brandywine ■2017-04-23 19:58:53 5.188.211.170
Click!! 30 Taran ■2017-04-23 19:35:03 5.188.211.170
Click!! 50 Eliza ■2017-04-23 19:28:21 5.188.211.170
Click!! -20 Berlynn ■2017-04-23 19:15:41 5.188.211.170
Click!! 30 Rock ■2017-04-23 18:08:12 5.188.211.170
Click!! 10 Kathreen ■2017-04-23 17:34:08 46.161.14.99
Click!! -20 Martha ■2017-04-23 13:37:20 5.188.211.170
Click!! -30 Laicee ■2017-04-23 13:13:47 5.188.211.170
Click!! -20 Carrie ■2017-04-23 12:01:38 5.188.211.170
Click!! 30 Eloise ■2017-04-23 10:57:13 5.188.211.170
Click!! -20 Brandy ■2017-04-23 10:33:00 5.188.211.170
Click!! -30 Kathreen ■2017-04-23 10:10:53 5.188.211.170
Click!! -30 Sailor ■2017-04-23 04:53:37 46.161.14.99
Click!! 50 Krystal ■2017-04-23 03:43:17 5.188.211.170
Click!! -30 Maggie ■2017-04-23 02:50:44 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Jazlyn ■2017-04-22 23:55:28 5.188.211.170
Click!! 50 Nelda ■2017-04-22 23:05:11 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Carli ■2017-04-22 22:43:42 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! 50 Bella ■2017-04-22 21:31:05 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 10 Jaylin ■2017-04-22 21:29:45 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! -20 Ival ■2017-04-22 19:57:36 46.161.14.99
Click!! Click!! -30 Bison ■2017-04-22 19:18:09 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Danyon ■2017-04-22 17:38:37 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Molly ■2017-04-22 17:32:07 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Kert ■2017-04-22 16:04:23 46.161.14.99
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 30 Voncile ■2017-04-22 15:00:42 5.188.211.170
Click!! Click!! 10 Livia ■2017-04-22 13:34:00 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Gracelynn ■2017-04-22 10:59:57 46.161.14.99
Click!! 50 Darvin ■2017-04-22 10:47:03 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! Click!! -20 Tallin ■2017-04-22 06:26:10 5.188.211.170
Click!! 50 Scout ■2017-04-22 05:01:20 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! Click!! 50 Marni ■2017-04-22 02:37:53 46.161.14.99
Click!! 50 Kailee ■2017-04-22 02:35:32 5.188.211.170
Click!! Click!! Click!! 50 Genevieve ■2017-04-22 02:20:57 5.188.211.170
合計 1140
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